柴犬ルーツの石州犬 血統書登録は 浜田・弥栄出身者だった

中村鶴吉について証言する中村健次さん(左)と石州犬研究室の河部真弓主宰
 柴犬のルーツとされる石州犬を戦前に血統登録した故・中村鶴吉が島根県浜田市弥栄町出身だったことが、石州犬研究室(江津市桜江町川戸)の調査で分かった。希少な日本犬を保存しようと古里の石州犬に着目したとみられ、同研究室の河部真弓主宰(60)は「石州犬を守った人物として地域の人にもっと知ってもらいたい」と望み、講演活動やホームページ(HP)を通じて顕彰する。

 公益社団法人・日本犬保存会(東京都)に残る血統書によると、柴犬のルーツは、1936年に東京市城東区(現東京都江東区)の中村鶴吉が登録した石州犬の雄「石(いし)」だった。2017年秋、河部主宰と同保存会島根支部の柳尾敦男支部長の調査で、「石」は益田市美都町板井川に住む猟師が飼っていたと判明した。

 一方、中村鶴吉は一部文献に「石見出身」など、わずかな記載があるのみで、詳しい人物像は分からなかったが、河部主宰が調査を進め、鶴吉が1936年ごろ、石州犬を求めて現在の浜田市三隅町や同市弥栄町、益田市の山間部を何度も探査していたことを突き止めた。

 背景には明治維新以降、西洋犬が国内で繁殖し、純粋な日本犬が希少な存在になっていたことがあり、鶴吉は石州犬を「山出し」し、血統登録して後世に残そうと考えていたという。

 河部主宰がHPやテレビ番組で鶴吉について情報提供を呼び掛けたところ、浜田市弥栄町野坂の農業中村健次さん(69)が「会ったことがある」と名乗り出た。祖父の弟が鶴吉に当たるといい、戸籍には1895年に現在の中村さん宅で生まれたと記載があった。鶴吉は歯科医院を同市三隅町で開院し、後に東京で営んだという。

 浜田市野原町の県立大浜田キャンパスでこのほど、河部主宰の関連の講演があり、加わった中村さんは「1967~68年ごろ、我が家へ祖父の見舞いに来た」と証言した。河部主宰は「多くの人に柴犬のルーツが石州犬だったことを知ってもらうために、今後も正確な情報を調べ、伝えたい」と力を込めた。

2018年7月3日 無断転載禁止