長すぎる時間

 多感な時期、テレビのニュースはオウム真理教を巡る報道であふれていた。超能力を誇示する奇妙な宗教団体という取り上げ方が、坂本堤弁護士一家の失踪が起きて以降は疑惑の目を向ける内容に変化した▼1995年夏、上京の折に宿泊した「島根イン青山」の裏手にあった教団東京総本部の前に立ってみた。当時、高校3年生。春に地下鉄サリン事件が起き、教祖・麻原彰晃こと松本智津夫元死刑囚が逮捕されたばかりだった▼映像によく露出していたオウム施設。喧噪(けんそう)の中で起きた幹部刺殺事件の現場は、ガラス戸が壊れベニヤ板でふさいであった記憶がある。マスコミの姿はなく、周囲は静寂に包まれていた▼96年4月の初公判に1万2千人の傍聴希望者が並んだ松本元死刑囚の裁判は、弁護側が長期戦を仕掛けたことで世間の関心は薄れた。4年後、抽選覚悟で訪れた東京地裁は、50の傍聴席に希望者は32人と定員割れだった▼公判で口をモゴモゴさせて何かをつぶやき、師弟関係にあった証人の井上嘉浩元死刑囚に「麻原」と呼び捨てにされても反応しなかった松本元死刑囚。やがて居眠りを始め、弁護士まで続いた。松本元死刑囚の態度を注意した女性裁判長、傍聴席で緊張感を緩めなかったジャーナリストの江川紹子氏の姿は覚えている▼自らの記憶と重ね合わせても四半世紀近く。多感な高校生は不惑を過ぎた。一連の事件の被害者や遺族はこの間、どんな思いで過ごしてきたのか。長過ぎる時間に司法制度のゆがみを感じてならない。(釜)

2018年7月17日 無断転載禁止