輝(き)らりキッズ 古里の山城調べ全国入賞

奥出雲の馬木、八川、三成 3小児童

地名や屋号から歴史探さぐる

渡部(わたなべ)ありささん(馬木小6年)

森脇(もりわき) 遼也(りょうや)君(馬木小5年)ら13人

自分たちで作った弓矢を構える渡部ありささん(左)と森脇遼也君=島根県奥出雲町小馬木、安養寺
 島根県奥(おく)出(いず)雲(も)町小(こ)馬(ま)木(き)の安(あん)養(よう)寺(じ)サタデースクール(田(た)中(なか)克(かつ)彦(ひこ)学園長)では、毎週土曜日の午後、馬(ま)木(き)小学校と八(や)川(かわ)小学校、三(み)成(なり)小学校の1~6年生の児童が安養寺に集い、一(いっ)緒(しょ)に遊んだり、勉強をしています。子どもたちは、古里の歴史を学ぶため、馬木地区にある中世の山(やま)城(じろ)を調べて、成果を「第16回城の自由研究コンテスト」(日本城郭(じょうかく)協会、学研プラス主(しゅ)催(さい))に応(おう)募(ぼ)し、全国392点の中から20点に入り佳(か)作(さく)を受賞しました。今年1月に東京で表彰(ひょうしょう)式(しき)がありました。現(げん)在(ざい)のメンバー13人の中で、馬木小6年生の渡(わた)部(なべ)ありささん(11)と同5年生の森(もり)脇(わき)遼也(りょうや)君(11)が中心となって研究をまとめました。

 題は「城の歴史を地名や屋号から探(さぐ)る 馬木城(まきじょう)・甲斐(かいの)平城(ひらじょう)・小林城(こばやしじょう)」です。馬木城は夕(ゆう)景(げ)城とも呼(よ)ばれ、標高936メートルの山頂(さんちょう)に、この地(ち)域(いき)を支(し)配(はい)した馬(ま)来(き)氏が1382年に築(きず)きました。馬木は広島と出雲の境(さかい)に当たる交通の大切な場所で、三つとも馬来氏の城です。

 渡部さんや森脇君たちは毎日、学校の登下校の際(さい)に見上げてきた山城に興味(きょうみ)を持ち、昨年春から研究を始めました。実(じっ)際(さい)に、馬木城に登って山城の跡(あと)を観察して、専(せん)門(もん)家(か)の研究成果を生かし段(だん)ボールで馬木城の模(も)型(けい)を作りました。敵(てき)の攻(こう)撃(げき)を防(ふせ)ぐ曲(くる)輪(わ)や井(い)戸(ど)跡(あと)、下から攻(せ)めてくる敵を攻撃する石落としなどを復(ふく)元(げん)しました。

 さらにメンバーで手分けして、住民から地名と屋号の聞き取り調査(ちょうさ)をしました。その結果、「弓場(ゆんば)」「矢入(やにゅう)」といった地名と「鉄(てつ)屋(や)」「村(むら)下(げ)屋(や)」などの屋号を探(さが)し出し、戦国時代に毛利(もうり)氏と尼(あま)子(ご)氏の戦(いくさ)があった場所や、たたら製(せい)鉄(てつ)が盛(さか)んに行われた歴史をひもときました。自分たちで竹製の弓矢を作って飛ばす体験もしました。

 渡部さんは「馬木城が立(りっ)派(ぱ)な城と分かり、馬木の誇(ほこ)り。登山道がなくて、城郭が整(せい)備(び)されていないので、古里の山城を多くの住民に知ってもらい、整備の足掛(が)かりになるといい」と望んでいます。

馬木城の模型と研究ポスターの前で、甲冑姿でときの声を上げる安養寺サタデースクールの子どもたち=島根県奥出雲町小馬木、安養寺
 研究成果をまとめたポスターは昨年12月、横(よこ)浜(はま)市であった優秀(ゆうしゅう)作品展(てん)で展(てん)示(じ)されました。

 森脇君は「地名や屋号をもっと調べたい」と興味は尽(つ)きません。松江城(まつえじょう)や姫路城(ひめじじょう)なども訪(おとず)れ「城の建築物に興味がある。昔の人の知(ち)恵(え)や工(く)夫(ふう)が分かって面(おも)白(しろ)い」と話し「将来(しょうらい)、大学で城を勉強したい」と意(い)欲(よく)を燃(も)やしています。

プロフィル
【好きな教科】 体育(渡部さん)
        社会の歴史(森脇君)
【好きな食べ物】ラーメン(渡部さん)
        すし(森脇君)
【将来(しょうらい)の夢(ゆめ)】警(けい)察(さつ)官(かん)(渡部さん)
                 城(しろ)博士(はかせ)・研究者(森脇君)

2018年7月18日 無断転載禁止

こども新聞