かば焼きの誘惑

 ウナギのかば焼きは罪作りだ。夏バテが気になる時季になると、値上がりが伝えられても「一度くらいは」と思う。たれを付けて焼く、あのにおいがくせものだ▼ニホンウナギは既に絶滅危惧種。稚魚のシラスウナギも激減している。世界中のウナギを食べ尽くすような消費は見直さないといけない-頭ではそう分かっているが、胃袋は誘惑に弱い。回数を減らせば資源にも財布にも優しいと勝手な言い訳を考える▼『松江食べ物語』の著者・荒木英之さんの説によると、ウナギのかば焼きは出雲地方で始まった「地焼き」がルーツ。かつて大阪に「いづもや」を名乗る店が多かったのも宍道湖や中海産のウナギを運び込んでいたからだそうだ▼「地焼き」は、腹開きしたウナギに醤油(しょうゆ)と地元に伝わる調理酒「地伝酒」などを合わせたたれを付けて焼いたという。その調理法が上方を経て江戸に伝わり、濃い口醤油と味醂(みりん)が普及する江戸後半には、背開きして「蒸し」を加える「江戸前」のかば焼きが生まれたらしい▼ウナギは『万葉集』の頃から滋養を補う「薬食い」食材だったようだが、江戸前期までは、ぶつ切りを串焼きして味噌(みそ)などで食べたとされる。それが「地焼き」という調理法が元で一躍、大人気になった▼そば一杯が16文の時代に、かば焼き一皿は約12倍の200文もした。庶民にとっては、今と大差ないプチ贅沢(ぜいたく)食だったに違いない。かば焼きの歩みと「土用の丑(うし)の日」に食べる習慣の広がりは、ウナギにとっては受難の歴史になる。(己)

2018年7月20日 無断転載禁止