カンボジア下院選/民主主義の再生が必要だ

 カンボジア下院選で、フン・セン首相の与党カンボジア人民党が圧勝した。下院選は、最大野党カンボジア救国党が政権側の強権的措置によって解散に追い込まれるという異常な状況で実施され、「自由・公正」とは到底言えない選挙だった。

 このままでは、民主的な国造りを後押ししてきた国際社会の支援の成果が台無しになる。長年にわたってカンボジア支援に力を入れてきた日本は、民主主義の再生を粘り強く求めるべきだ。

 フン・セン氏は内戦時代の1985年から権力の座にあり、汚職体質や権力乱用の批判がつきまとう。2013年の前回下院選では、最大野党の救国党が大きく躍進し、今回の下院選で与野党交代が視野に入る勢いだったが、昨年9月に党首が国家反逆容疑で逮捕され、その後に党自体も解散させられた。同時に報道統制や非政府組織(NGO)の活動への抑圧が強まり、政権に批判的だった有力英字紙が廃刊を余儀なくされた。

 フン・セン氏は野党党首の逮捕を巡り「私は少なくとも10年は仕事を続けなければならない」と述べている。長期政権のため、なりふり構わない強硬手段に出たのだろう。

 米ソ冷戦や中ソ対立といった大国の争いに翻弄(ほんろう)されたカンボジアでは、政情不安や内戦が長く続いた。1970年代にはポル・ポト派が虐殺や強制労働で自国民200万人近くを死に追いやったとされる。フン・セン氏はポト派の一員だったが離脱し、ベトナムの軍事介入でポト派の政権が倒れた後、親ベトナム政権で首相に就いた。

 内戦を終わらせる国際協議には日本も積極的に関わった。91年に調印されたパリ和平協定は、過去の悲劇を繰り返さないため人権と自由を基調とする国造りを国際社会が支えることを決めた。

 翌年に明石康・国連カンボジア暫定統治機構(UNTAC)代表の下で史上最大規模の国連平和維持活動(PKO)が展開し、初めて自衛隊施設部隊が参加した。93年の総選挙の際は国連ボランティア中田厚仁さんと文民警察官高田晴行さんが殺害された。

 国際社会が多大な犠牲を払って誕生させた新生カンボジアの民主主義が四半世紀を経て、風前のともしびとなった現状を見ると暗たんとした思いになる。

 フン・セン氏の強気の背景としてカンボジア経済を席巻する中国マネーがあるとの指摘もある。中国の援助は日本や欧米と異なり、人権や環境への配慮などの条件がない。対カンボジア援助額は2009年まで日本がトップだったが、近年は中国の援助額が日本の2~3倍となっている。

 近隣各国でも民主化に逆行する動きが目立つ。タイでは14年にクーデターで樹立された軍事政権が民政移管のための総選挙を繰り返し延期している。フィリピンのドゥテルテ大統領は麻薬犯罪容疑者の「超法規的殺害」で内外から批判を受けている。アウン・サン・スー・チー氏が政権トップとなったミャンマーでも民主化が足踏みしている。

 日本はこれまで、声高に非難して制裁に動く欧米とは一線を画し、静かに働き掛ける外交姿勢が目立つ。だが、時には厳しい直言が必要で、民主主義の後退を食い止めるために全力を挙げるべきだ。

2018年8月2日 無断転載禁止