原爆と自然災害

 悲劇に悲劇が追い打ちを掛けた。73年前の広島は原爆投下と台風の襲来に相次ぎ遭った。二つの災厄を体験した女性が浜田市に住む。古原ユキエさん、93歳。爆心地から西に18キロの現在の広島県廿日市市にあった大野陸軍病院の看護師だった▼忘れられない被爆患者がいるという。8月6日の原爆投下から数日後、救護に当たっていると抱っこをせがんできた5歳女児。抱きかかえると数分後、急に頭を垂らした。外傷がないのに息絶えたことに動揺し、覚え立ての名前を何度も呼んだ。放射能の影響を知ったのは後のことだった▼収容所に横たわるおびただしい数の被爆者、むごい姿の遺体も脳裏に浮かぶ。それでも原爆で真っ先に思い出すのは、腕の中で逝った少女。「ごめんね」。眠るような最期の姿に、そう声を掛けた▼耳にこびりついた音があるという。被爆者の本格治療に取り掛かった9月中旬、連日のように雨がやまない。裏山のミカン畑から「ゴォー」と不気味な地鳴りが夜ごと響いた。何かの前兆かと眉をひそめた▼悪い予感は当たる。9月17日夜。枕崎台風の接近で土石流が発生。病院は全壊した。自身は難を逃れたものの、被爆者ら156人が死亡した。原爆と敗戦の混乱で気象情報は入らず、無防備なまま昭和の三大台風の一つに直撃された▼今夏の豪雨による土砂災害の映像が、土石流で壊れた当時の病院と重なって見えたと古原さん。消えることのない二つの重い記憶。失われた多くの命に鎮魂の祈りをささげる日を迎えた。(泰)

2018年8月6日 無断転載禁止