記憶を枯らさないように

 少年時代の記憶が原体験になっているのか、「原爆の日」が来ると、アサガオの花を思い出す。父親に連れられて初めて広島に行き、原爆資料館を訪ねた年の記憶だ。家で黙とうをするため庭に出ると、アサガオが咲き始めていた▼当時は、隣近所との間にブロック塀などはなく、垣根や庭先に咲くアサガオの花をよく見掛けた。赤や青に紫色の花。押し花や色水を作った思い出もある。それだけ身近な花だった▼自分の子が小学生になると、夏休み前に観察用の鉢植えを持ち帰った。被爆資料で脳裏に焼き付いた、水を求めて折り重なる大勢の人たち。その姿が、アサガオと重なるような気がして、水やりを忘れて枯らさないかと心配だった▼しかし町並みが変わり、子育ても卒業すると、身の周りからアサガオの花は遠ざかった。自分自身も、日よけ用にゴーヤーは植えても、アサガオはもう20年以上植えていなかった。このままでは記憶が薄れていく▼種のまき時は過ぎていたが、思い立ってアサガオの苗を探し植えてみた。原爆や戦争と結び付く記憶は人それぞれだろう。その記憶を風化させないためには、一人一人が身近に接する機会を増やすしかない▼戦後生まれが既に8割を超えた。3年前のNHKの世論調査では、原爆投下の年月日を正確に言えた人は3割に満たなかった。元号が改まれば、昭和の記憶はさらに遠くなる。忘れてはいけない記憶を枯らさないように、来年はアサガオの種をまこうと思う。自分にできる小さな一歩だ。(己)

2018年8月7日 無断転載禁止