若者が担う未来への希望

 「妻が即死し家が一瞬で壊れ、本当に原爆は怖くて強いものだ」。雲南市の三刀屋中学校の女子生徒が長崎に思いをはせた。1945年8月9日、長崎に原爆が投下され、7万4千人余の尊い命が犠牲になった▼長崎では、雲南市三刀屋町出身の医師・永井隆博士が被爆しながらも負傷者の救護に尽力した。博士を顕彰する同町の永井隆記念館が建て替え工事で休館になったことから、三刀屋中が記念館の所蔵品を借りて博士のコーナーを設けた▼2020年春の開館までの間、資料を有効に活用する。博士が被爆後、闘病中に各地から寄せられたお見舞いに対し、お礼を書いたはがきの写真が多く残る。同校の全校生徒178人は、はがきを読み、感想文をまとめた▼冒頭の文章は、古里の親戚に宛てた被爆を伝える便りに対する感想。生徒たちは、被爆しながらも諦めずに平和の望みを持ち続けた博士の姿から、希望を失わずに強く生きる意思や、戦争がない世界の大切さを学ぶ▼今年は博士の生誕110年。卒業した旧制松江高校、現在の島根大学の付属図書館でも博士の企画展が開かれている。同館職員で長崎市出身の被爆3世、小林奈緒子さんが、学生らが原爆投下について考える機会にと企画した▼戦後73年がたって永井博士の功績を知らない大人も増えている。中学生や大学生が博士の生涯を通じて、自らの生き方を考える意義は深い。平和の大切さと「己の如(ごと)く人を愛せよ」と説いた博士の信念を未来に語り継ぐ希望となり、頼もしい。(道)

2018年8月10日 無断転載禁止