終戦の日/記録も記憶も大切に

 平成最後となる戦後73年の「終戦の日」を迎えた。約310万人もの犠牲をもたらした歴史を改めてかみしめ、惨禍を繰り返さぬよう、静かに考える一日である。

 戦後生まれは1億人余りとなり、総人口の8割を超える。悲惨な戦争や被爆体験を風化させないために、先の戦争に関する「記録」や「記憶」を引き継ぐことの大切さを、次の世代に伝えていかなければならない。

 服部卓四郎元陸軍大佐による「大東亜戦争全史」はこう記している。「終戦の聖断直後、参謀本部総務課長及び陸軍省高級副官から全陸軍部隊に対し、機密書類焼却の依命通牒(つうちょう)が発せられ、市ケ谷台上における焚書(ふんしょ)の黒煙は八月十四日午後から十六日まで続いた」。重要機密文書の焼却処分は、1945年8月14日の閣議で決めたとされる。

 法相などを務めた故奥野誠亮氏は終戦当時、内務省の事務官として戦争終結処理指令を作成、全国八つの地方総監府を回ってそれを伝達した。生前、指令の中身を「公文書の焼却と軍保管物資の民間への放出が柱だった」と回想したように、公文書の焼却は、軍部だけでなく、他の官庁、地方にも徹底されたという。

 こうした公文書の焼却処分が、日本の近現代史を検証・研究する上で支障をきたしたのは言うまでもない。大きな損失であった。作家の半藤一利さんは、鼎談(ていだん)「『東京裁判』を読む」の中で、軍や官庁にとどまらず、新聞社も資料などを焼却していたことを挙げ、「本当に日本人は歴史に対するしっかりとした責任というものを持たない民族なんですね」と語る。

 だからこそ、2009年に成立した公文書管理法では、真っ先に公文書を「健全な民主主義の根幹を支える国民共有の知的資源」と位置付け、その適切な保存・管理の目的を「現在及び将来の国民に説明する責務が全うされるようにすること」と規定した。

 しかし、この国の政治や行政の現場では、73年前をほうふつさせる光景が広がっていないか。森友学園を巡る財務省の決裁文書の改ざん、海外に派遣された自衛隊の日報隠蔽(いんぺい)、そして首相の「腹心の友」が理事長を務める加計学園問題…。国会で政府側が連発したのは、「記憶にない」「(記録は)廃棄した」という答弁だった。

 終戦時も現在も公文書の廃棄や改ざん、隠蔽の意図は共通する。前者は戦争裁判に不利な証拠を残さない、後者は1強政権へのダメージを与えるわけにはいかない、という「保身」だろう。

 だが、公文書の廃棄や改ざんは、歴史を消す行為だ。歴史への冒瀆(ぼうとく)と呼んでもいい。それに手を染める背信の重さを、官僚も政治家も認識していたとはとても言えまい。

 安倍晋三首相は15年の戦後70年談話で「私たち日本人は世代を超えて、過去の歴史に真正面から向き合わなければならない。謙虚な気持ちで、過去を受け継ぎ、未来へと引き渡す責任がある」と強調している。

 「記録」や「記憶」をないがしろにすれば、歴史の正確な継承がおぼつかなくなる。平成から新たな時代に向かう変わり目の8月15日、その危うさを、もう一度胸に刻みたい。それが戦争犠牲者への追悼にもつながる。

2018年8月15日 無断転載禁止