幕末徳川将軍家の銀印見つかる 国家元首の意思示す

 日米修好通商条約批准書の署名部分(米国立公文書館所蔵)

 江戸末期、徳川将軍家が外交文書に押印した銀印「経文緯武」が見つかったと、徳川記念財団(徳川恒孝理事長)が20日付で発表した。徳川14代目将軍家茂と15代目将軍慶喜が、日米修好通商条約の批准書などで対外的に「国家元首」として意思表示したことを示す貴重な資料だ。

 銀印は昨年、徳川宗家の蔵を調査する過程で見つかった。徳川家の家紋「三つ葉葵」のある黒塗りの箱に収められていた。縦、横ともに9・2センチ、高さは7・8センチで、重さは2・7キロ。幕府側から命じられた篆刻家の益田香遠らが制作した。「経文緯武」の言葉によって、文武両面の力を示そうとしたと考えられるという。

 1854年に日米和親条約を締結した幕府が、諸外国と交渉が本格化すると予想し、外交用としてこの銀印を作った。

 日米修好通商条約の批准書には「経文緯武」の朱色の印影に加えて「源家茂」(徳川家茂)の署名が残されている。他に日英、日仏の修好通商条約批准書や、文久遣欧使節の信任状などにも使われた。

 調査に当たった東京大史料編纂所の保谷徹所長は「国と国の付き合いの根幹となる資料が、時代の大きな変化をくぐり抜けて見つかった。実際に押された文書をさらに調べるきっかけになる」としている。

 銀印「経文緯武」は9月15日から新潟県長岡市の同県立歴史博物館で開かれる展示会「徳川の栄華」で公開される。

共同通信社 2018年8月20日 無断転載禁止