秋刀魚の味

 この時季になるとよく思い出す映画作品がある。小津安二郎監督の遺作となった「秋刀魚(さんま)の味」。旬を迎えるサンマの味を思い浮かべながら、この映画を観(み)ると見事にすっぽかされる。最後までサンマのサの字も出てこない。暗喩を凝らしたタイトルは、老いと孤独の人生のたそがれをサンマの苦味に託したのだろう▼婚期の遅れた娘を、嫁に送り出す父親の複雑な心情を描く小津定番のテーマ。妻に先立たれ、娘に身の回りの世話をしてもらっていた初老の男が、娘の結婚式の帰りにバーに立ち寄るシーンがある。礼服姿の男を見てバーのマダムが「お葬式ですか」と尋ねると「まあ、そんなもんだ」▼ネクタイの色を見れば一目瞭然なのに、あえて葬式を語らせる。娘を手放した父親にとってこの先、どう暮らしていけばいいのか。結婚式と葬式をダブらせながら、サンマの苦味を人生のため息ににじませる▼本当のサンマの方は、今シーズン豊漁の兆しらしい。全国各産地の水揚げは昨年を上回り、価格も安くなっている。大ぶりで脂の乗ったのが多いという。極端な不漁で値段も高根の花だった昨シーズンに比べると、庶民の味が復活しそうだ▼しかし往時に比べると漁獲量は減っており、楽観はできない。サンマ資源管理のため、日本が提唱する漁獲枠割り当ては関係国の利害が対立して実現していない▼公海上で台湾、中国の台頭が日本のサンマ漁を脅かす不安は消えず、地政学ならぬ「海政学的」リスクをはらむ。サンマ漁波高しは避けたい。(前)

2018年9月11日 無断転載禁止