ペンと乳・父編(12) 立ち会い出産<下>

 この子 守ってやらなければ

 分娩(ぶんべん)室内に流れる「癒やしますよ」系の音楽CDは既に何周もくり返され、嫌気が差すくらいだった。

 いまだ妻は横になり、痛みに耐え続けていた。陣痛の痛みの出方、耐え方は人それぞれだという。妻は「う~痛い…」と静かに口にするタイプだった。

 お産に限らず、既に十分がんばっている人に対し、適切に励ます言葉を記者は持ち合わせていない。声かけといっても陣痛の波が和らぐ度に「がんばった」と口にするくらいで、マッサージし続けるしかなかった。無力を感じた。

 そんなさなか、重大な仕事を与えられた時間帯がある。「お父さん、何かあれば呼んでくださいね」と担当の助産師さんが姿を消したのだ。隣の分娩室の応援らしく、妻と頭を出しつつあるわが子と3人きりになった。

 赤ちゃんの心拍数の乱れを示す機器の警告音が「ピーピー」と頻繁に鳴り響く。知人の助産師によると、人手不足の可能性があり、夜間やお産が立て込んだ際はこうした状況がままあるという。冷静を装ったが、命を預かる身として実は恐怖だった。

 分娩室に入り約6時間後、赤ちゃんの出口が10センチほど開いた。いったん外に出るよう指示を受け、再び分娩室に入ると、妻が上体を起こしテレビドラマでよく見かける姿勢になっており、8、9合目まで来たのだと察した。そこから産声を耳にするまでは1時間ほど。あっという間だった。

 先生が子を取り上げ、処置した後、分娩室でしばらく家族だけの時間を与えてくれた。生まれたての子は泣きだすこともなく、まん丸な目で新しい世界を見ている。静寂な時間。感動が押し寄せるというより、命が生まれるという不思議に圧倒され言葉が出なかった。「さて、この子を守ってやらねば」と言い聞かせていたのは覚えている。

 出産後、妻と子は数日間、静養も兼ねて入院していた。ある日、仕事を終えて病院に走った。陣痛から解放され、至福を味わっているだろうなと想像し、病室のドアを開けると妻は泣いており、戸惑った。理由はこれまで妻が書いてきた通りだ。子育てという新たな山が待ち構えていた。

2018年10月6日 無断転載禁止