出版の栄枯盛衰

 「無知ですねえ」。アニメ映画プロデューサー鈴木敏夫さんは知り合った頃の高畑勲監督に、そう挑発された。当時は雑誌編集者として高畑さんの仕事場に通い、その読書量に圧倒された。話に上る本を知らないと、冒頭の容赦ない言葉が飛んだ。付いて行こうと、聞いた本はすべて読んだ▼鈴木さんにとってアニメ映画の巨匠との対話を支えた本を届ける出版業界は右肩下がりだ。『読書と日本人』(津野海太郎著)によると、出版数が急増したのは大正デモクラシーの時代。大衆誌や古今の名作集、文庫が読書の大衆化を進めた。戦後はビジュアル誌、漫画、ビジネス・実用書が市場を席巻する一方、若者の本離れが進行。20世紀の出版は栄枯盛衰の何と激しいことか▼今や電車の乗客の多くはスマホに視線を落とし、本を開くのは少数派。鈴木さんに言わせると、これからはメールのやりとりやブログに使われる一人称の表現が本や映像で主流になるそう▼高畑さんや盟友・宮崎駿さんの作品は、典型的な一人称の視点とか。チャンドラーに始まるハードボイルド小説も一人称ゆえの美学にあふれる。一概には否定できない▼4月に亡くなった高畑さんのかつての挑発は、自らの知への渇望の表出であり、「付いてきなさい」という鈴木さんへの励ましでもあったろう。読書週間のさなか、そう思いつつ、電車で鈴木さんのお薦め本を読みふけった。(示)

2018年11月4日 無断転載禁止