たどんの火 絶やさない 出雲に残る2業者

乾燥小屋のたどんを整理する従業員=出雲市高松町、丸ヨ商店工場
 7日は二十四節気の一つの立冬。朝晩を中心に気温が下がり、こたつが欲しくなる季節を迎えた。そんな中、主に掘りごたつの燃料として使用されるたどんが苦境に立たされている。家電製品の普及で製造会社は減り、中国地方では現在、出雲市内の2社のみだ。その両社も時代の流れから生産量は減少傾向だが、今も出雲、雲南市内の山間部の住民に愛されている。「需要がある限り、やめられない」。生産者は作業にいそしむ。

 たどんは、江戸時代に木炭の運搬時に出る炭の粉を再利用しようと、丸めたのが始まりとされる。かつて島根は木炭を燃やして砂鉄を溶かし、鉄を造るたたら製鉄が盛んだったのに加え、林業が栄えたことなどから、たどんが根付く素地があったとみられる。

 木炭の粉を水に溶かしたでんぷんと混ぜて練り、丸めて棚で自然乾燥させて直径6センチほどの玉にする。通年製造し、春から秋にかけてがピークだ。かつて島根県内では少なくとも17社あったという。

 創業91年の丸ヨ商店(出雲市今市町)は、最盛期の1965年に年間10万袋(1袋10キロ、販売価格1500~1600円)を販売したのに対し、2016年以降は1万袋を割り込んでいる。人口減や電化製品の台頭が理由だ。笛吹勇気社長(31)は「今までと同じ手法では生き残れない」と危機感を募らす。

 かつべ燃料(出雲市知井宮町)は、勝部満雄社長(76)と妻英子さん(75)夫婦で47年前に製造を始めた。多い時に3万袋だった生産量は、昨年は約8千袋。高齢も重なり、廃業する予定だったが「やめられたら困る」と愛用者の声を受けて事業の継続を決めた。勝部社長は「信用は一度失うと戻らない。元気なうちは、質のいい商品を作り続ける」とする。

 たどんは火を付けて赤くなると、10時間以上、熱を保つ。じんわりと柔らかい熱が伝わり「温泉に入ったように体がぽかぽかする」と勝部社長。たどんを入れた火鉢の上でおでんを温めたり、焼き芋を作ったりと料理にも使える。

 丸ヨ商店は5年前からインターネット販売を始め、沖縄を除く46都道府県に届けている。10キロでの販売が基本だが、少量を求めるニーズに対応し、2キロを約500円で販売している。

 今年4月に76歳で亡くなった笛吹社長の義父和章さんは「最後の一社になってもたどんを守る」と気骨のある人だった。若くして思いを継ぐ笛吹社長は「最後の最後まで需要がある限り頑張るだけです」と話す。

2018年11月8日 無断転載禁止