出雲市立荘原小 踊りつなごう『弥生の舞』

今年の「ひかわ銅剣の日」に『弥生の舞』を演じた荘原小児童たち
 私たちの出雲市立荘原小学校の校区内には、358本の銅剣が発見された荒神谷遺跡があります。その歴史的大発見を記念して、平成元年に『弥生の舞』が制作され、私たちの先輩たちが30年にわたって引き継いできました。平成最初の年に誕生した『弥生の舞』。30年目を迎える今年、その歴史をあらためて振り返ってみることにしました。『弥生の舞』の演舞曲『こころ』を創っていただいた樋野達夫さん、『弥生の舞』を最初に踊った先輩からのメッセージもいただきました。


 荒神谷遺跡復元記念 親子で伝え30年

『弥生の舞』関連年表
 昭和59年(1984年)7月12日、斐川町から全国に衝撃的なニュースが駆け巡りました。荒神谷遺跡から大量の銅剣358本が発見されたニュースです。荒神谷遺跡での銅剣発見までに、全国で発見された銅剣の数は計300本余り。この荒神谷遺跡で発見された銅剣はその全国の数を上回り、しかも1カ所から発見されたのです。

 世紀の大発見から5年後の平成元年11月4日、荒神谷遺跡復元完成記念式典が開催されることが決まりました。この式典に合わせ、弥生時代をイメージする舞踊の制作と児童による発表が計画されました。

 「剣を高く捧(ささ)げる」「大地を力強く踏みしめる」イメージを中心にした振り付けに、芥川賞作家で韓国舞踊研究家の李良枝(イヤンジ)氏からのアドバイスをもらい、完成した舞が『弥生の舞』なのです。その後、今日まで毎年5、6年生の有志児童に引き継がれ、本校で30年間踊り伝え続けられてきました。

 今年度は49人の児童からの参加希望がありました。多くの子どもたちが伝統の舞に関心をもち、受け継いでくれていることに心が熱くなります。毎年、ひかわ銅剣の日(7月)と荘原夏祭り(8月)、学習発表会「荘原っ子フェスティバル」(11月)で、地域の皆さんに伝統の舞の発表を行っています。

 30年は一世代に当たります。『弥生の舞』を最初に舞った子どもたちは、現在本校の保護者に当たる年齢です。親子でこの舞を守り伝えてきた歴史を持っています。


児童コメント

荒神谷史跡公園オープンを記念して『弥生の舞』を演じる荘原小児童たち(平成7年5月1日)
古代斐川の人々に思い
 6年 前田花恵

 私は2年間『弥生の舞』を続けてきました。やろうと思ったきっかけは、私自身踊りが好きなので、先輩たちの『弥生の舞』を見て、「すごいな、自分もやってみたいな」と思ったからです。それに上学年のお兄さんやお姉さんがかっこよく踊っていたので、その姿にあこがれて始めました。

 荘原小学校で30年間もこの『弥生の舞』が続けられていたことは、素晴らしいことだと思います。

 私のふるさと斐川町で、358本のものすごい数の銅剣が発見されたことは、当時の大きなニュースになったことを知りました。社会科の歴史学習でも、銅剣の秘密や当時の人々の思いを考えたことがあります。歴史的大発見がこんな身近なところであったということに、ほこりをもって過ごしていきたいと思います。

 5年生と6年生の2年間、私は『弥生の舞』を受け継ぎ、次へつなげられたことをうれしく思っています。そして、これから10年先も20年先も、校区の中に荒神谷遺跡がある荘原小学校のみんなには、大量の銅剣が発見されたことにほこりをもって、次の人に弥生の舞を引き継いでいってほしいです。古代の斐川の人々のことを思いながら。


荒神谷遺跡の復元完成セレモニーで銅矛や銅鐸のレプリカを見る児童たち(平成2年12月8日)
伝統の舞 未来に伝えて
 6年 渡部圭悟

 5年生になると、ぼくは『弥生の舞』の活動に自分から希望して参加しました。

 練習では、先生が言われる通りに体を動かし、周りの人とずれないように、ぶつからないようにすることがとても大変でした。それでも、みんなと動きを合わせることができた時はとてもうれしかったです。

 6年生の今年は『弥生の舞』30年目の記念の年になりました。30年前は、お父さんもお母さんもぼくと同じ小学生だったそうです。そう考えると、30年もやってきてすごいと思います。

 社会科の歴史学習で、弥生時代のころの生活の様子や、荒神谷遺跡のなぞについて勉強しました。荒神谷から銅剣が358本も発見されたことから、ぼくは、この地域にはものすごく大きな力を持つ王がいたと知り、とても驚きました。

 そんな歴史のある荒神谷遺跡にまつわる舞を、これからも大切にしていきたいと思います。今年もひかわ銅剣の日、荘原夏祭りで、これまでたくさんの先輩たちに踊り継がれてきた『弥生の舞』を一生懸命踊りました。そして、これからも荘原小学校のみんなで受け継いで40年、50年と続いていくように、後の人たちに伝えていってほしいと思います。


関係者メッセージ

平成12年の「ひかわ銅剣の日制定記念式典」に参加した樋野さん(後列左端)
「古代びとに想いを馳せて」
 時を超えた繋がり感じる

  樋野 達夫さん(出雲市斐川町神氷在住、笛作家)

 はるかに遠い2千年の昔、弥生時代に息づいた土の笛。古代出雲文化圏から多く発見されている卵形で土製の笛の韻(ひび)きは、古代びとたちの祈りにも似た霊的なものを感じさせ、私たちをいにしえの浪漫(ロマン)の世界へと誘(いざな)ってくれます。

 その土笛に魅せられて製作と演奏を始めた頃、私の想いが時代を超えて古代まで届いたかのように、大量の弥生青銅器が神庭荒神谷から発見されました。それを期に、地元荘原小学校の児童たちによる『弥生の舞』制作に加わり、出雲地方に古くから伝わる神楽の舞も取り入れた振り付けとしました。

 そして、舞にともなう楽曲は土笛で作曲し、演奏しました。2千年もの長い眠りから醒(さ)めた青銅器から古代びとたちの想いと息づかいが聞こえ、時空を超えて何かを語りかけているように命の繋(つな)がりを感じます。

 演舞曲は『いのち』と名付け、弥生の舞を通して古代の人々の暮らしに想いを馳(は)せ、次世代の人たちに永く舞い継がれていくことを願ってやみません。


荒神谷遺跡発見5周年記念講演会で韓国伝統舞踊を披露した李良枝さん(中央)を囲む齋藤さん(右から3人目)ら児童たち(平成元年10月7日)
「感謝の気持ち」と「想像力」
 みんな幸せになるひけつ

  齋藤 理英さん(旧姓・福島、平成3年度卒業生)

 このたびは『弥生の舞』30周年おめでとうございます。初代メンバーとしてうれしく思うとともに、時の流れを感じて驚いています。

 『弥生の舞』を語るうえで、私にとってのキーワードは「感謝の気持ち」と「想像力」です。「感謝の気持ちで踊りましょう」-これは、舞を通じて交流のあった李良枝さんからいただいた言葉で、『弥生の舞』を踊るときの心構えとして私の心にあり続けました。また、荒神谷遺跡は私の「想像力」をかき立て、踊りながら弥生時代の出雲へとタイムスリップしているような気分になりました。故郷に神秘的な遺跡があることを誇りに思いました。

 そして30年たった現在、私にとってこの二つは家庭円満のひけつになっています。毎日、感謝の気持ちを伝える。問題が生じたら相手の気持ちを想像する。この二つを習慣づけるだけで、みんながハッピーになれます。

 後輩の皆さんは、どのようなことを思いながら舞っていますか。

2018年11月9日 無断転載禁止

こども新聞