過疎が終わる/未来に歩みだす中国山地

持続可能な地域社会総合研究所所長 藤山 浩

 「過疎」は1960年代、中国山地で始まった。そして今、「過疎」が終わろうとしている。中国山地は、2世代にまたがる「過疎」の時代を超え、ついに新しい時代へとたどり着いた。これはすごいことだ。

 高度経済成長期以降、二つの地域社会が「同じコインの裏表」として生み出された。中国山地に代表される「過疎」の集落と「過密」の団地・マンションである。2020年代を前に、両地域を見渡し「過疎」が終わる時代を考えてみたい。

 中国山地では、田園回帰が始まっている。10年、15年の国勢調査データを比較すると、県境沿いの自治体では、東から西粟倉村、勝央町、鏡野町、美郷町、邑南町、北広島町、吉賀町が社会増となっている。30代女性の流入はさらに広範となっており、島根県では中国山地沿いすべての町村が入超だ。

 一方、1970年代から大量に造られた大都市郊外の団地では、2010年代以降の高齢化率や人口減少率が、中国山地の集落を上回り始めた。同じ世代の一斉入居が1世代後、重い社会的コストとなっている。近年ブームとなっているタワーマンションの30年後は、どうなっているのだろうか。

 未来に目を向けてみよう。これからは循環型社会の時代だ。ローマ時代、キケロが持続可能な農業の在り方について喝破したように、「自然界の内部に第二の世界」を創り直す時代なのだ。自然生態系の循環の中に、私たちの暮らしと経済を埋め戻し、連結させる。これこそ、中国山地のそれぞれの集落や流域が何百年、何千年と続けてきたことに他ならない。

 一方、団地やマンションは、自然とは隔絶した人工的エリアだ。世界的に始まっている再生可能エネルギー革命は、小規模・分散的だからこそ地域内循環を可能にして、中国山地の条件不利性を条件優位性へと変えつつある。そして、何よりも循環を支えているのは、自然の土と水だ。この二つがないところに、真の循環はあり得ない。

 暮らしに目を向けてみよう。今から100年後、現在の中国山地の家並みと団地・マンション、どちらが残っているだろうか。山間の集落に本物の材料でどっしりと建てられた母屋、納屋、蔵こそが、この「時のレース」に勝利するに違いない。少なからぬ団地・マンションの住まいは、暗黙のうちに「使い捨て」を前提として建てられている。

 建物以上に気になるのはそこに暮らす人々のつながりである。タワーマンションともなると、会話さえも途絶えがちだ。そこでお互い頑張って生きた記憶が紡がれていかないとすれば、どのようにして地域を良くしていこうとする「暮らしの意志」がリレーされるのだろうか。そして、未来を担う子どもたちがしっかりと育ち得るのは、どちらの地域なのだろうか。

 分断された二つの地域、すなわち中国山地の集落と都市部の団地・マンションの間に、新しい循環の橋を懸けることはできるはずだ。人口流入によって造られた団地・マンションも、上流のたたら製鉄による「かんな流し」の土砂流入でつくられた沖積平野と同じく、実は中国山地の「子どもたち」なのだ。

 幸いにして、中国地方において、この二つの地域の距離は近い。同じ流域圏として十分循環をつなげていける。食糧や水そしてエネルギーの循環だけでなく、人生100年時代の子育てや高齢化対応そして災害時の助け合いなど、パートナーエリアとして補完し合えるものは多い。そうした共生の中で、ゆっくりと田園回帰を進めたい。

 私たちは、今、改めて、長続きする美しい暮らしに向かっている。自然の中で、人間が手を携え、長い時間をかけて営みを続ける時、そこに暮らしの美が生まれる。私たちは、そうして中国山地のここかしこに、美しい風景をつくってきた。それは、世界的にも例がない、1万5千以上が煌(きら)めく集落「銀河系」だ。私も、その一つの「星」に住んでいる。

 中国山地から、新しい持続可能な文明を広げていこう。稼ぐだけのために暮らす日々から抜け出そう。真の革命的な進化は、いつもそれまでの時代で恵まれていない縁辺の地から興る。「過疎」の時代を生き延びた中国山地から未来が始まる。今こそ、中国山地の「旧(ふる)くて新しい物語」を、共に、書き始めよう。それが、2020年代の使命であり、「遥(はる)かなる山の呼び声」だ。

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 ふじやま・こう 1959年、益田市出身、一橋大経済学部卒業。博士(マネジメント)。国土交通省国土政策局「国土審議会 住み続けられる国土専門委員会」委員他、国・県委員多数。近著に「循環型経済をつくる」(農文協)など。

2018年11月25日 無断転載禁止