最後まで重んじた「和」

 「宇津さんが亡くなった」。14日朝、都内の国会議員事務所を訪ねた際、予期せぬ訃報に驚かされた。5期17年半にわたって浜田市長を務めた宇津徹男氏が75歳で死去した。残念な思いを抱くとともに、柔らかな笑顔を思い出した▼前任地の浜田で引退間際の1年を取材した。竹下登元首相の秘書から島根県議、市長と政治の世界を歩き続けた経験を生かし、行財政改革や浜田医療センターの移転新築、浜田港整備など次々と成し遂げた▼実行力は「和」を重んじる政治姿勢に裏付けされていた。よく聞いたのが「人とのつながりが最も大切」との言葉。竹下元首相の秘書時代に苦楽を共にした青木幹雄元参院議員会長は「あの人柄が全て」と残念そうに悼んだ。任期満了を迎えた2013年10月22日、市役所を後にする宇津氏を大勢の職員や議員が見送った様子が思い出される▼05年の市町村合併時に宇津氏らが導入した独自の自治区制度は、19年度末の廃止を視野に協議が進む。平成の大合併から10年以上たち、周辺部の疲弊が全国的に課題となる中、旧町村に権限と予算を与えて衰退を防ごうとした理念は地域づくりのヒントだった▼島根県東部と比べ、人口減が顕著な県西部。「東西格差」にどう向き合うかも県政課題の一つだ。「西部が発展するため周辺市町と結束を高めてほしい」。宇津氏が退任時に口にした言葉を改めてかみしめている。(築)

2018年12月18日 無断転載禁止