石見神楽の隆盛に情熱 細川 勝三(浜田市生まれ)

衣装や演出方法を研究

 島根県西部を中心に伝(でん)統(とう)芸(げい)能(のう)として受け継(つ)がれている石(いわ)見(み)神楽(かぐら)は、テンポの速い八調子の太(たい)鼓(こ)のリズムや高く透(す)きとおる笛の音、荘(そう)厳(ごん)で派(は)手(で)な衣(い)装(しょう)、軽(かろ)やかな舞(まい)で、県内外や海外で多くの人に親しまれています。その石見神楽に情(じょう)熱(ねつ)を注ぎ、衣装や演(えん)出(しゅつ)方法、演(えん)目(もく)づくりに欠かせない台本の整理など通し、現(げん)在(ざい)のように盛(さか)んにしたのが浜(はま)田(だ)市旭(あさひ)町出身の細(ほそ)川(かわ)勝(かつ)三(ぞう)(1907~70年)です。

 勝三は神楽衣装店の家に生まれ、石見神楽が大好きな少年でした。1925(大正14)年、松(しょう)竹(ちく)映(えい)画(が)に入社し衣装部で働くようになり、歌(か)舞(ぶ)伎(き)の衣装の豪(ごう)華(か)さなどに刺(し)激(げき)されました。その後、父親の跡(あと)を継(つ)ぐため帰(き)郷(きょう)。模(も)様(よう)を染(そ)めて描(えが)いていた以前の神楽衣装と異(こと)なるものを作るようになりました。

 探(たん)求(きゅう)心(しん)が強く、自ら四国に行って刺(し)しゅう技(ぎ)術(じゅつ)を学び、石見神楽の衣装に取り入れました。現在の鬼(おに)の衣装は、背(せ)中(なか)に竜(りゅう)の模様が盛(も)り上がり、ガラスでできた大きな目はぎょっとするような迫(はく)力(りょく)。刺しゅうは、金や銀、赤、緑、青といった色鮮(あざ)やかな糸を組み合わせ、職(しょく)人(にん)がひと針(はり)ひと針ぬったものです。

大蛇が口から火を噴く演出。細川勝三が考案した=浜田市三隅町三隅、三隅神社
 舞(ぶ)台(たい)演出でも、36(昭和11)年に人気演目「大蛇(おろち)」の大蛇が火を噴(ふ)く仕(し)掛(か)けを考案。石見神楽社(しゃ)中(ちゅう)が演目構(こう)成(せい)を考える基となっている台本も、研究者とともに作り上げました。現在、文化ホールなどで開(かい)催(さい)されている神楽共演大会も、勝三が64(同39)年に初めて成功に導(みちび)きました。

 長女で、神楽衣装店を継(けい)承(しょう)する栩(とち)木(き)千秋子(ちあき)さん(84)=広島県北広島町=は「心の底から神楽を愛し、発(はっ)展(てん)に努力を惜(お)しまなかった。私(わたし)も父の遺志(いし)を大切にし、後(こう)世(せい)に伝えていきたい」と、思いを引き継いでいます。

 石見神楽を上演する社中は、浜田市内だけでも50団(だん)体(たい)を超(こ)え、休日になれば神社の祭りだけでなく、街中や観光施(し)設(せつ)のステージで披(ひ)露(ろう)されています。

 浜田市内の神楽社中代表で、神楽の歴(れき)史(し)を研究する学会に所(しょ)属(ぞく)する小(お)川(がわ)徹(とおる)さん(50)=浜田市熱(あつ)田(た)町=は「神社に奉(ほう)納(のう)する神楽を、どこでも観賞できて楽しめる芸能として広める礎(いしずえ)を築(きず)いた。地場産業に成長させた意味で後世に大きな影(えい)響(きょう)を与(あた)えた」と功(こう)績(せき)を強調します。

 石見神楽が盛んになる前に事(じ)故(こ)のため62歳(さい)で亡(な)くなりましたが、まいた種は確(かく)実(じつ)に育っています。

2019年5月22日 無断転載禁止

こども新聞