政府の認知症対策/緻密な議論が必要だ

 70代の発症を10年間で1歳遅らせる。政府は認知症対策の新大綱に、そんな「数値目標」を盛り込もうとして取り下げた。新たな偏見につながるとする反対意見に配慮してのことだという。

 もっとも「参考値」としては残す。運動など発症を遅らせる可能性が示唆される取り組みを推進し、その結果として70代の発症を10年間で1歳遅らせることを目指す、ということだそうだ。

 取り下げた理由も参考値として残す意味合いも、実に不可解だ。偏見を避けたいなら誤解を解けばいいだけだ。根本的な誤りを認めようとしない旧態依然とした姿勢に、改めて危うさを覚える。

 科学的事実はこうだ。認知症を防ぐ方法も進行を止める方法も今のところ、ない。数値目標を立てても達成するすべがないのだ。参考値としてであれ、SFじみた数字を政策に掲げるべきなのか。

 さまざまな研究結果をまとめて分析し、認知症のリスクとなる年代別の要因を調べた研究が2017年、英医学誌ランセットに発表された。

 18歳未満の低学歴(初等教育まで)、45~65歳の高血圧、肥満、聴力低下、65歳超の喫煙、抑うつ、運動不足、社会的孤立、糖尿病という九つの要因が組み合わさり、発症全体の35%に絡んでいる可能性があるとした。

 ただし、それぞれの要因と認知症との間に因果関係が確立しているわけではない。あくまでも可能性にすぎないのだ。しかも関連していそうな割合は35%だから、全要因を改善しても認知症になることは当然ある。

 改善の取り組みが全く無意味だということではない。認知症の予防効果はなくても、健康を長く保つ上でどれも重要だ。しかし、その結果として認知症の発症が先延ばしになる保証はない。

 認知症の人の数は15年の約520万人から25年には約700万人になる見通し。高齢化に伴い、その後も増える。予防できればいいが、できないのだから数値目標には意味がない。目標を達成できなかったとき、何が問題か分からないので政策検証にも役立たない。

 リスクとなる要因の改善は、中高年者の一般的な健康対策として進めれば十分だ。政府はこれまで取り組んできた、認知症の人と家族が地域で安心して暮らせる「共生」社会の実現にこそ、一層力を注ぐべきだ。

 非科学的な数値目標は官邸が主導する作業の中で立てられた。そのせいか新大綱の素案には他にも問題点がある。

 例えば、予防に役立つと考えられる民間の商品やサービスを評価、認証する仕組みを検討するとある。予防法が不明なのに、科学的根拠の乏しい商品やサービスが出回ることにならないか。

 官邸主導による政策の粗雑さは分野を問わない。1年前に閣議決定した統合イノベーション戦略は「参考値」として「23年度までに世界大学ランキングトップ100に10校以上」を設定した。同ランキングは留学生向けのPRで、上位ランク入りを狙う大学にノウハウを売るビジネスにすぎない。その程度のものが「知の創造」の目標になってしまうのが今の実態だ。

 複雑な社会的課題に対応するには、専門知識に基づく緻密な議論が欠かせない。

2019年6月21日 無断転載禁止