憾み

 滝廉太郎作曲「箱根八里」を唄(うた)えば「半次郎」と歌手の氷川きよしさんの合いの手が欲しくなる。氷川さんのデビュー曲「箱根八里の半次郎」は、発表される100年前に作られた唱歌の曲名に旅烏(がらす)の名前を載せた▼今年は日本を代表する作曲家、滝廉太郎生誕140年。島根大学で音楽教育を研究している藤井浩基教授は5月に廉太郎ゆかりの地、大分県竹田市を訪ね、日本近代音楽生みの親の足跡をたどってみたという▼唱歌を中心に声楽イメージが強い廉太郎だが、23歳の短い生涯を終える直前にピアノ曲を残している。当時は不治の病の肺結核を患い、死を予期しながら書いた絶筆の「憾(うらみ)」。藤井教授にその音源を聴かせてもらった▼「無念を奏でる旋律」と同教授が解説してくれた主題部は、悲壮を漂わす短調メロディーを繰り返すが、途中でさりげなく明るい長調に転じる部分がある。絶望の淵にどこからとなく希望の光が差し込むような音の技巧に、廉太郎の生への執着が偲(しの)ばれた▼日本の音楽教育は洋楽の直輸入から始まったが、日本人によるメロディーを取り入れるなど輸入音楽の「国産化」に貢献。死の直後、感染を恐れて廉太郎の遺品はほとんど焼却され、中には灰燼(かいじん)に帰した未発表の作品もあったかもしれない。その無念を示唆するような「憾」の終結部。怒りが頂点に達したように聴き取るのは、的外れでもあるまい。(前)

2019年7月17日 無断転載禁止