終戦の日/平和で寛容な世界に

 令和に入り、初めての「終戦の日」を迎えた。昭和の戦争が終わってから、平成を経て74年。時代は変わっても、変わったからこそ、戦争の悲惨さをあらためて学び、平和の価値をかみしめたい。二度と繰り返すまいと誓い、惨禍の記録と記憶を後世へ紡いでいくことが、令和を生きる私たちの使命だ。

 「自国第一主義」がまかり通り、勇ましい掛け声の下で世界のあちこちに分断を生み、国際秩序は崩れつつある。台頭する中国は軍事力を増強し、米国が仕掛けた貿易戦争は、両大国の覇権争いの様相を呈す。核合意からの一方的な離脱を発端に、イラン情勢は緊迫化する。

 核軍縮の支柱だった米国とロシアの中距離核戦力(INF)廃棄条約は失効。ロシアはミサイルの開発・配備を、米国は「使える核」として小型核の開発を進める。歴史的な米朝首脳会談で合意したはずの朝鮮半島の非核化も進展はなく、北朝鮮は短距離弾道ミサイル実験を繰り返す。隣国である日本と韓国の関係は最悪の事態に陥った。

 世界が不安定化している中で、唯一の被爆国でもある日本は、その立ち位置、果たすべき役割が問われている。

 1年後、東京五輪・パラリンピックの舞台として、大歓声に沸くであろう新国立競技場は、76年前、先の大戦のさなかに2万5千人とされる学生たちを戦地に送り出した出陣学徒壮行会が開かれた場所でもある。そこで学徒代表の江橋慎四郎さんは「生等(せいら)(われわれ)もとより生還を期せず」と表明したのだった。

 女子学生の一人としてスタンドにいた作家の故杉本苑子さんは、1964年の東京五輪開会式を旧国立競技場で見つめた。「あすへの祈念」と題した五輪の寄稿にこう記している。「音楽は、あの日もあった。軍楽隊の吹奏で『君が代』が奏せられ、『海ゆかば』『国の鎮め』のメロディーが、外苑の森を煙らして流れた。しかし、色彩はまったく無かった」

 来年の東京五輪に向け「もう一度、平和の重さを感じてほしい。平和を守るには国、民族、政治家が自分を抑える忍耐が必要だ」と語っていた江橋さんは昨年、97歳で亡くなった。

 戦後生まれが83%を占め、4人に1人が平成生まれという現在の日本。戦争を体験した人たちは少なくなり、戦争は昔の出来事と捉えがちだ。しかし、被爆や空襲でたくさんの命が絶たれた事実、スポーツの祭典の主会場が死を覚悟した若者の行進の場であった過去に思いを致したい。歴史を知る、戦争の記録や記憶を大切に継承していくことから平和への営みが始まるのだ。

 6日の広島の平和記念式典で、子ども代表が読み上げた「平和への誓い」は、世界が忘れかけているこころを表した。「『ありがとう』や『ごめんね』の言葉で認め合い許し合うこと、寄り添い、助け合うこと、相手を知り、違いを理解しようと努力すること」

 揺らぐ国際情勢に直面するいま、立ち止まって考えるときではないか。歴史に学び、教訓を生かす、相手の意見にも耳を傾け、立場を尊重する、多様性を認め、協調する。そんな平和で寛容な世界を築いていく決意を新たにする一日である。

2019年8月15日 無断転載禁止