モンゴル出身の男性、義足新調へ 14年ぶりに大田再訪

バトスーリ・ツォグトオチルさん(中央)と再会し、義足の状態を確かめる中村ブレイスの波多野正義さん(左)と大森浩己さん=大田市大森町
 故郷モンゴルの草原火災で大やけどを負い14歳で両脚を失ったバトスーリ・ツォグトオチルさん(37)が20日、22年前に義足製作を手掛けた島根県大田市大森町の義肢装具メーカー中村ブレイスを訪れた。古くなり傷んだ装具の新調のため14年ぶりの再訪。10日間の短期滞在中に合うよう、義肢装具士たちは体の変化に合った義足で再び「息子」を支えようと、再会を喜ぶ間もなく作業に入った。

 ツォグトオチルさんは22年前、15歳で初来日。国際交流団体の橋渡しで中村ブレイスを訪れ、無償提供された義足で再び歩けるようになった。大学では日本語を学んだ。

 同社は点検や修理で交流を続けていたが、9年前に米国に移住してから途絶えていた連絡があったのが6月末。ファクスでトラック運転手となり、息子も産まれたという近況報告とともに「義足がすごく古くなり、使えなくなって困っています」と書かれ、メールのやりとりを重ね、夏期休暇中に来日し新調することになった。

 再び義足製作に当たる波多野正義さん(65)にとっては「息子のような存在」で、短期間で期待に応えようと決意。大森浩己さん(55)も「一日一日を大切にしいい義足を作りたい」と意気込む。

 20日午前、久しぶりの訪問を歓迎する社員から代わる代わる「覚えてる?」「変わっていないね」と声を掛けられ、ツォグトオチルさんも「皆さんと会えて本当にうれしい」と流ちょうな日本語で喜んだ。

 早速行われた波多野さんたちとの打ち合わせでは米国メーカーが製作した義足が体に合わず「義足は本当に大切。生きていくのに必要」と吐露。体と義足の接合部分が破損し、こすれて痛みが生じ細くなった脚ともフィットしていないことが分かり、大森さんは「よくこれで歩いていたなと思う。また自由に歩けるよう最善を尽くす」と誓った。

2019年8月21日 無断転載禁止

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