真相は藪の中か

 「私からも宜しくお願い申し上げます」と書かれた総理夫人の名刺。その取り扱いを巡って官僚から死者が出る石川達三の小説『金環蝕』。外交官出身の作家、佐藤優さんが以前、「森友学園問題」との類似点を指摘していたため、この夏に読んだ▼ダム建設に絡む政界汚職を描いた約50年前の作品で、登場する総理・寺田のモデルは池田勇人。名刺を見せられた相手は「この女に官職もなにも有るわけではないが、寺田総理と結婚している女であるが故に、世間は彼女の発言に譲歩する」と事実上の命令と受け止める▼この作品には、もう一つ別の関心もあった。重要な役割を演じる金融業者のモデルは、戦後間もない頃に所得番付で全国1位になった出雲市出身の実業家・森脇将光とされている。政財界の裏を渡り歩き、そのメモが政界を揺るがす疑獄事件の発端となった。自らも収監されたことがある▼小説と同様に犠牲者が出た「森友学園」への国有地売却や財務省の決裁文書改ざんを巡る検察の捜査は終了。結局、核心部分は何一つ判明しなかった。捜査当局が当てにならないなら、行政監視を担う国会が開会したのでとは思うが、今の与野党の力関係では、それも期待薄か▼そんなときは昔なら社会派小説の出番だ。しかし石川や松本清張はもちろん、『不毛地帯』『沈まぬ太陽』で知られる山崎豊子さんも、もういない。真相は藪の中か?(己)

2019年10月7日 無断転載禁止