世事抄録 ざらにある歴史の錯覚

 明治、昭和、平成の3回の大合併によって1888(明治21)年に全国で7万以上あった市町村が1800余りに減ったという。昭和の場合は特別法を作って1953~61年に行われたから「町制60年」を迎えるところが近年相次いでいるわけだ。その一つである山間の町の町史編さんに4年前から携わり、近く出版される。

 歴史の素人なのに担当したのは源平争乱の中世。何しろ文献が乏しく、唯一の手掛かりとして大正時代の古い郡史を分析しながら、記述の由来をたどって京都、北陸、山陽を訪ね歩いた。先祖の系譜や言い伝えをまとめた自家本に出合い、源氏系が平氏系に逆転して通史の空白が埋まった幸運もある。数少ない研究者の論文をネット検索や図書館情報で発見するたび、闇夜の光を感じた。

 それにしても歴史常識というものには作られた錯覚が多い。早い話が源頼朝の軍勢は坂東平氏が主力で、最初に敵対したのは源氏一族だ。石器時代から日本独自の「縄文」を区分したのは戦後。昨年は明治150年だったが「夫婦同姓」も明治民法の産物で新しく、文化的根拠が薄い。はっきり言ってNHK大河ドラマの源氏好み、維新好み、敗戦の「終戦」解釈が庶民の歴史感覚を狂わせてはいないか。

 広島の山城跡に独り登った時、林の陰に忠魂碑がひっそりと残っていた。戦争の記憶は遠いが、いま大嘗祭(だいじょうさい)を前に歴史演出の罪深さを思う。

(松江市・風来)

2019年10月10日 無断転載禁止