世事抄録 「かき小町」

 テレビで全国的に知られる広島のカキを紹介していた。養殖で知られる江田島周辺の海が広がり、カメラが向かいの島を映し出した。何だか記憶にあるなと思って見ていたら、出演していた漁師が無人島「大黒神島」と話した。

 極上ブランド「かき小町」の稚貝の養殖地として有名で、大ぶりのぷっくりした身は初夏でもおいしく評判を呼んでいるそうだ。

 番組を見ながら、50年近く前、大黒神島で過ごした1週間がよみがえった。野外活動をしていたサークルの仲間14人で早春の「サバイバル生活」を体験した。頼みの水は山水が湧いていた。持参したのは米と調味料のみで後は現地調達した。

 食料事情は最悪で、ヨモギや野生のフキ、磯で海藻やナマコを採っておかずにしたが、当てにしていた魚はなかなか釣れず貧困な食生活が続いた。それを劇的に改善したのが沖合から浜辺に流れ着いたカキだった。さらに真水が海に注ぐ砂浜で見つけた大粒の赤貝が加わり、次々しょうゆを垂らし焼いて口に運んだ。

 飢えを救ってくれたカキが、今では超高級のブランドガキになっているとは思いもしなかった。画面に映る島の周囲は、浜辺近くまでカキ棚がびっしり浮かび、あの頃とすっかり様変わりしていた。

 サバイバル生活の最後の日、丘に登り全員でピラミッドを作って笑顔の記念写真を撮った。一番下で支えていた1年生のうち1人は還暦前に逝き、最近また1人が旅立った。移ろう歳月を思った。

(出雲市・呑舟)

2019年11月28日 無断転載禁止