国会閉幕/崩壊した政治のモラル

 つい先日、「一人一人の政治家が自ら襟を正し、説明責任を果たすべきだ。今後とも自ら説明責任を果たしていくと考えている」と答弁したのは、ほかならぬ安倍晋三首相だ。それが口先だけだったと非難されても仕方あるまい。

 臨時国会が閉幕した。菅原一秀前経済産業相と河井克行前法相が公選法違反疑惑で辞任したのに加え、首相主催の「桜を見る会」の公私混同問題が表面化。論戦は政権の不祥事が大きなテーマとなった。ところが当事者たちは、自民、公明両党の圧倒的な数の力に守られ、十分な説明から逃げ続けた。安倍首相は今、自身の答弁を実践したととても胸を張れないだろう。

 国会議員の身分に関わる疑惑が発覚しながら、菅原、河井両氏はその後、国会にも出席しなかった。首相が「任命責任」を痛感すると口にするならば、本人に説明するよう指導するのが起用した首相として、自民党総裁としての責務ではないのか。”雲隠れ”を容認するのは、責任放棄と言わざるを得ない。

 「桜を見る会」は首相に直接降りかかった問題だ。公的行事の私物化批判に加え、預託商法などを展開し破綻した「ジャパンライフ」の元会長が招待され宣伝に使っていたことや、反社会的勢力が参加した疑いまで浮上する。野党の資料要求の当日に名簿が廃棄されたこと自体も不自然であるし、バックアップデータが残っていた今年5月に、政府側が「既に破棄した」と平然と答弁していたことも疑惑に拍車を掛ける。

 本来ならば、首相自身が疑念を晴らそうと努力する場面だ。しかし名簿をできる限り復元するための、聞き取り調査などを指示もしない。後援会の前夜祭の費用問題も、ホテル側に明細書の発行も求めない。国会を閉じ、時間が経過すれば忘れられるとのおごりがにじむ。

 政権のスキャンダルに目を奪われがちだが、2020年度から始まる大学入学共通テストを巡る混乱は、教育行政の大失態と言える。英語民間検定試験導入を見送り、国語と数学の記述式問題も先送りの方向で最終調整することになった。

 50万人超の受験生、高校の不安や疑問を払拭(ふっしょく)せず、導入ありきで制度設計し、本番1年前まで振り回した”罪”は重い。にもかかわらず政府、与党内で責任を問う動きがないのは不思議だ。

 与党が今国会の成果とアピールする日米貿易協定も、疑問が解消されたとは言い難い。協定の核心部分である日本製自動車、自動車部品の関税撤廃の行方は、あいまいなまま。米国が日本車に追加関税を発動しないことを示す根拠は、安倍首相とトランプ米大統領の「首脳間の約束」と繰り返すだけだ。関税が撤廃されない場合の経済効果の試算を求められても、政権は拒否した。

 国会が行政監視機能を発揮するには、政府側の誠実な対応が不可欠だ。とりわけ政治や行政の公平・公正さに疑義が生じれば、まず資料を提出して説明を尽くすのが筋だ。時の首相を守ることだけが与党の役割ではないだろう。

 逃げる政権、隠す官僚という姿は一段と進行、政治のモラルは崩壊した。長期政権の病状は深刻で、国権の最高機関が危機にひんしていることを自覚してもらいたい。

2019年12月10日 無断転載禁止