誤りを認める勇気を/大規模・集中型への執着解け

一般社団法人持続可能な地域社会総合研究所所長 藤山 浩

 いよいよ2020年代が始まる。時代を振り返ってみると、「失われた20年」は「30年」へと続いてしまった。待ったなしで、持続可能な文明への転換が求められる中、何をすべきなのだろうか。

 まずは、失敗、誤りを認める勇気を持つことだ。

 ここ数年、世の中に、自らの失敗を認めず、隠す・ごまかす・押さえつける風潮が蔓延してしまった。特に、政治や経済において実権を握っている60歳前後の世代の罪は深い。従来の既得権や権力構造あるいは数年先の「逃げ切り」にしがみつく先に、未来は訪れない。それは、次世代への背信行為と言ってもよいのではないだろうか。

 この30年間を「失われた」ものとしたのは、長い目で見れば幻想でしかない経済成長の継続を、大規模・集中化により実現しようとした三つの失敗である。

 第1は、文明の根幹をなすエネルギー分野において、原発に代表される大規模・集中型を選択したことだ。あの悲惨な福島第一原子力発電所の事故があっても原発を卒業しないとしたら、この先、どんな事故があれば止めるのか。この秋のドイツ・オーストリア視察で実感したことだが、日本は、21世紀の主流となってきた分散型の再生可能エネルギー分野において、完全に「周回遅れ」となっている。

 第2は、00年前後から、アメリカからの外圧も受けて進めた大規模店舗に関する法律の改悪や廃止により、郊外型の大規模ショッピングセンター建設を野放しにしたことだ。その結果、地方都市の中心街は「シャッター街」化し、域内経済循環はズタズタにされ、地方ごとの特徴ある美しい景観は失われた。これほど破壊的な地域政策は、そうあるものではない。

 第3は、「平成の大合併」である。縁辺部の小さな自治体をつぶした行政の大規模・集中化は、結局何をもたらしたのか。「自己決定権」を失った地域の多くは衰退の一途をたどっている。むしろ、私の研究所による全国の市町村人口分析においても、勢いよく若い世代を取り戻しているのは、無理な合併を拒否した縁辺部の小規模町村なのだ。

 これら三つの失敗は、いずれも循環型社会の基本原則と逆行している。地域、そして、地球の持続可能性を考えると、循環型社会への進化の他に選択の余地はない。エネルギーや資源、食料の地域内循環の強化は言うに及ばす、改めて地域ごとに特徴ある生態系の中に私たちの暮らしをつなぎ直していかねばならない。

 そのためには、広域合併による中央集権的な手法は無力であり、徹底した分権的手法により地域住民が主人公となった地域システムの設計と運営を進める必要がある。地域に根ざした自治を回復しない限り、20~30年の未来を見通した細やかな管理や先行投資を実現することはできないはずだ。

 現在、社会や経済の中枢に座っている60歳前後の人々は、三つの大規模・集中化を先導し、ある意味それで「出世」してきた方だ。自らが上り詰めた「白い巨塔」を自ら壊し始めることはつらい。しかし、未来の扉は、そうした「創造的破壊」を行わない限り、開かれない。

 次の世代は、あなたたちの背中を見ている。彼らが将来へと語り継ぐのは、みなさんの臆病さだろうか、それとも勇気だろうか。

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 ふじやま・こう 1959年、益田市生まれ。一橋大学経済学部卒業。博士(マネジメント)。国土交通省国土政策局「国土審議会住み続けられる国土専門委員会」委員他、国・県委員多数。近著に「小さな拠点をつくる」など。

2019年12月15日 無断転載禁止