モンブランの太い文字

 益田市出身で文芸春秋の名物編集者だった高橋一清さんは、これはと思う新人作家の原稿に巡り合うと、すぐに手紙やはがきを送った。率直な感想や思いをつづり、新作が書けたら自分宛てに送るようお願いした▼例えば紀伊半島の田舎町から上京した予備校生は、高橋さんのはがきを握りしめ、出版社の門をたたいた。戦後生まれ初の芥川賞作家中上健次さんだ。2人の濃密な関係は中上さんが1992年に46歳で亡くなるまで続いた。高橋さんの新著「芥川賞直木賞秘話」にはこんな作家と編集者の逸話が満載だ▼何度か高橋さんから手紙をもらったことがある。モンブランの万年筆で書かれた淡い青インクの太い文字。手書き原稿に直接朱を入れた頃の編集作業で身に付けたのだろう。決して達筆ではないが、はっきりとしていて読みやすい。何より字にぬくもりがある▼文章はもちろん、文字にも人を動かす力がある。中上さんら多くの作家が高橋さんの文字と文章に癒やされ、そっと背中を押された▼高橋さんは、又吉直樹さんを世に出した編集者の仕事ぶりも紹介している。又吉さんに寄り添い、苦楽を共にするのは高橋さんと同様。伴走者としての姿勢は若い世代に受け継がれている。先月の審査会で芥川賞に決まった古川真人さん、直木賞の川越宗一さんにもドラマがあったのだろう。今月下旬の贈呈式でどんな話が聞けるのか楽しみだ。(示)

2020年2月8日 無断転載禁止