伝統と教育/将来見通した理念必要

元島根県教育長 藤原 義光

 「日進月歩」というが、IТ(情報化)やAI(人工知能)はまさしくそうだ。キャッシュレスもそれで、テレビはペイペイだ、ポイント還元だと騒々しい。いくら5%還元だと言われても、嫌なものは嫌で“無駄な抵抗中”だ。

 AIやスマートフォンなどのすごさは認めるし、今では誰もが直接的・間接的におかげを受けているが、使い方を誤れば社会の安心・安全や文化、人々の生活や精神(心)に悪影響が出る。

 この50年を自分史的に回顧すれば、50年前に山村から大学空間へ“瞬間移動”するや、「破壊から創造が生まれる」とのイデオロギーに、封建的因習打破の心情を寄せた。少しは世間がわかってからは、伝統を峻別(しゅんべつ)して「良いことは残し、悪弊はやめればいい」と考えた。

 今は、伝統はその大概が長い年月の中で習合(形成)されたものだから、重層的、多面的で、「果物の皮をはぐように良いことと悪いことを分別できるものではない」し、「変えまいと思っても時代とともに変化し、変えようと思っても変わらない面がある」と思えてきた。

 年中行事や食材、食文化などがそうだ。これらは日本文化の基底をなすものだが、手間がかかるし不合理なところもある。それぞれがどんな形で継承されていくのか、今後の予測はむずかしい。

 小学校では英語教育に続いて、コンピューター言語であるプログラミングを教えるという。各言語には特性があり、表現方法も違い、単なる会話の手段だけではなく文化的発想や精神構造にも深く関係する。学校は学ぶ時間にも教員の教育力にも限りがある。ことに小学校では、今でも授業時間はかなり窮屈だし、原則すべての教科を学級担任が1人で教えるから、英語やプログラミングは専任教師を配置すればともかく、現状では対応力には限界がある。

 何を教えるかの選択は、どういう人格形成を優先するかの選択だ。小学校での英語教育には識者の中にも異論もあって、言語脳が形成される小学校段階では日本語をしっかり学習して、日本文化の基礎や伝統をきっちり身に付けた方がいいとの見方もある。プログラミングも誰もがプログラマーになるわけではない。子どもたちは、タブレットやスマートフォンは教えなくても喜んですぐに使いこなすが、目や脳への影響などを含めた依存症対策も必要だ。

 「英語は国際語だ。観光立国のために必要だ。情報化に対応する人材養成のためにはプログラミング思考が必要だ」などが実施する理由だが、学校現場が納得でき、やる気が出て成果に結びつく、小・中・高・大学・生涯学習を一貫的に見通した理念と体系が必要だ。教育施策では、大学入試での英語検定や記述式が、ついこの間つまずいた。

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 ふじはら・よしみつ 岡山大卒。元島根県職員。財政課長、浜田総務事務所長、地域振興部長、教育長などを歴任した。元ふるさと島根定住財団理事長。

2020年2月16日 無断転載禁止