吉賀・六日市医療技術専門学校 「日本に留学して」

熱心な表情で日本語の学習に励む留学生たち
 異国で努力重ね成長

益田日本語ボランティアグループ

ともがき代表 大谷 雅子

 熱心な若者 出会いに感謝

 私たち「益田日本語ボランティアグループ ともがき」は、益田市で外国の方々に日本語で日本語を教える活動をしています。今回、六日市医療技術専門学校(吉賀町)で留学生の皆さんに日本語を教える機会をいただきました。

 六日市医療技術専門学校は、入学者が減少し、学校の存続が危ぶまれるようになる中、日本で介護職として働きたいという意志を持っている海外の若者たちに、アルバイトと卒業後就業をすることで、施設から奨学金を得て就学できるように、施設と学生をつなぎ、2019年の春には前年をはるかに上回る入学者を獲得されていました。

 そして、留学生の皆さんが介護施設で日本人と関わっていくために少しでも助けになればと、通常の介護科の授業カリキュラムの他に日本語を学べる時間を設けたいと、私たち「ともがき」に授業の依頼がありました。

 自分たちに務まることなのかとためらいましたが、職員の方々の熱意に心動かされ、引き受けることにしました。始まってみれば、早朝の授業に日々の疲労を引きずりながらも自分を鼓舞して熱心に取り組む学生さんたちの姿に感動し、私たちも回を追うごとに熱が入るようになりました。

 週に1度、たった1時間の日本語の時間では十分なことはできませんし、残念ながら六日市医療技術専門学校は閉校が決まり、次が不確かで不安な中での関わりではありました。しかし、若い人たちの未来を思い、全てが彼らにとっての大切な通過点なのだと思えば、必ずそれぞれの糧になり、力になると信じることもでき、私たちにできる精いっぱいのサポートをと頑張ることができました。

 終わってみれば、私たち「ともがき」にとってもかけがえのない経験となり、異国から来た将来の日本の担い手に出会えたことに感謝しています。

 夢を持っている皆さんの作文を通し、日本人も外国人もお互いに相手の力を借りながら一緒に生きていくことに、安心したり希望を持つことができたりしたのではないかと思います。皆さんの夢がかないますように。応援しています。



1年 劉 松波(中国)
私の国の行事

 一族の団結確かめる春節

 私は中国から来た留学生だ。私の国で一番代表的な行事を紹介する。それは「春節」という旧正月を祝う行事だ。

 中国人は団結ということをとても大切にしている。血縁のある親戚たちが全員集まり、一緒に食事をしたり、花火をしたりすることで春節を祝い、一族の団結をより確かなものにするのだ。

 春節の前の日は、新年の鐘の音が鳴るのを全員で待ちながら、夜の12時までトランプや麻雀(マージャン)をして大騒ぎをする。翌日を「初一(チゥーイー)」といい、近所にあるお寺へ行って願い事をする。初二から次々に親戚と友達の家を訪ね、プレゼントを渡す。

 春節を祝う料理は地方によって違う。長江(揚子江)の北にあるエリアは水餃子がほとんどで、南のエリアは「ニェンガオ」という、日本の餅と同じものを食べる。

 中国は非常に面積が広いので、地方によって生活習慣と方言が大きく違う。その上に民族が多いため民族言葉もある。だから、春節の祝い方もそれぞれで全然違う。

 ここで紹介したのは中国のメインな民族の漢民族の行事である。ぜひ、中国を旅行していろいろと体験してみてほしい。



1年 プン・ラハナ(ネパール)
うれしいできごと

 練習し自転車をマスター

 日本に来て、私はいろいろなことができるようになりました。一番は自転車に乗れるようになったことです。

 六日市に来てからは、アルバイトにも学校にも行かなければならないので、とても大変でした。ネパールでは自転車に一回も乗ったことがありませんでしたが、日本の生活では本当に大切なものだと思って、夜遅くまで頑張って一生懸命練習しました。すると、2、3日で乗れるようになりました。それで、私は何ごとも何回も練習すればできるようになると思いました。

 それから、自分の生活のためにお金を稼ぐということも、私にとっては大きな変化でした。

 ネパールでは生活費と学費は両親からもらっていました。あの頃、自分の生活費を自分で稼ぐことができたら、両親も喜んだだろうと思いました。今、それができるようになってとてもうれしいです。



介護実習の合間にくつろぐ留学生たち
1年 叢 芳(中国)
アルバイト

 諦めず頑張って良かった

 私は今、病院でアルバイトをしています。介護の仕事について、初めは何も分かりませんでした。例えば、おむつ交換の仕方や各仕様工具の名前なども全く分かりませんでした。私は日本語がとても下手なので、仕事中、職員さんや年長さんにもいろいろとご迷惑をかけました。

 仕事に自信がなくなって、最初はアルバイトを辞めようと思いましたが、職員さんたちが優しく丁寧に説明しながら教えてくれましたので、今では全部覚えて、いろいろなことができるようになりました。また、与えられた仕事は自分で最後までできるようになりました。

 今、振り返ってみると、諦めずに頑張ってきてとても良かったと思います。アルバイト先では私も今は先輩になっています。新しい職員の方にも自分の最初の頃の気持ちを伝えて、一日も早く仕事に慣れるように手伝っています。一緒に楽しく仕事を頑張っていこうと思います。



日本語学習の講師を務める「ともがき」のメンバーたちと一緒に記念撮影する留学生たち
1年 チャン・ヴァン・トゥック(ベトナム)
母への手紙

 きっと成功し国に帰るよ

 お母さん! 今アルバイトが終わったところです。長い間電話していないけれど、みんな元気ですか。

 島根県はとても寒くて。でも、寒さに負けずに毎日ちゃんと学校へ、そしてアルバイトへ行っているよ。心配しないでね、お母さん。僕は一人ではなく、新しい友達と楽しく過ごしているよ。

 でも、突然家族のことを思い出して涙が止まらない時がある。周りの友達を心配させないように隠れて泣くんだ。貧しい田舎からここに来たのは、自分のため、家族のためだから…。

 努力を続けなくちゃね。同世代の親友たちはほとんどが自分の家庭を持ったのに、僕はまだ自分の夢を追いかけている。本当にいいのかなぁ。勉強のせいか、アルバイトのせいか、たまにストレスになって失望感が僕を襲う。

 日本に来る人の中で何人が成功できるのだろうか。多くの人は失敗して帰国する。そう聞いても、僕は無視して故郷を離れ、遠く日本へ来た。周りには知らない人、知らないことばかり。その中で生きているんだ。いつか成功して帰国しよう! でも、成功するまでにはどのくらい時間がかかるのだろう…。

 お母さん! 僕はきっと成功して帰るよ。今まで苦しい生活をしてきたあなたに、幸せで楽な生活をさせてあげたいから。いつもそう思って生きているんだ!

 苦しい時も楽しい時も、いつもお母さんのことを思い出すよ。お母さんと離れる時、我慢した。だから今も我慢! もう少し、もう少しだけだよ。お母さん、今、僕頑張っているからね。近いうちに笑顔でお母さんの元に戻るからね。それまで元気で待っててね。お母さん!



1年 グエン・ティ・キム・フエ(ベトナム)
信頼関係

 島根での出会いを大切に

 私は、2年ほど前には東京の日本語学校で勉強していましたが、途中で辞めて島根県に来ました。今は六日市学園で介護の仕事を勉強しています。それ以外に介護施設でアルバイトもしています。

 最初は仕事のことが心配でした。でも約1年がたち、職場の全員の方とも知り合いになり、徐々にお互いの性格を理解できるようになりました。

 私は日本語が下手なので、簡単な言葉で話してくれたり、分からない方言の意味も教えたりしてくれました。皆さんが私の仕事を手伝ってくれ、健康についても気にかけてくれました。

 さらにアルバイト先のリーダーさんは地域も案内してくれました。夏には浴衣をもらい、花火を見に行きました。浴衣も花火も初めての経験でした。私はその人のことを第二の母親と考え、とても感謝しています。

 私は、自分がいつも頑張って、人に優しくして笑顔でいれば、誰もが私を愛してくれると実感できています。

 仕事中はよく冗談を言います。「日本人と結婚して」と言われた時、「どうしようかな」と返事したら、「私が紹介してあげるよ。フエちゃんが日本人と結婚すると、いつでもフエちゃんに会えるよ」と言われました。私はとてもうれしかったです。

 仕事はいつも楽しいです。今まで皆さんから日本の文化やいろいろなことを教えてもらいました。将来の進路はどうなるか分かりませんが、私は信頼関係を大切にしてみんなと仲良くしたいと思います。



1年 グエン・ティ・ミン・チャン(ベトナム)
アルバイト

 苦労しながら日本語上達

 私は2年半ぐらい前に日本にやって来ました。日本語学校に入学後、生の日本語に接するために中国飯店でアルバイトを始めました。

 初めてのアルバイトだったのですごく緊張してしまい、お客さまと話すのはとても大変だと思いました。でも、アルバイトに入ると、お客さまが笑顔で私に話し掛けてくださいました。

 アルバイト中に自信を持って声を掛けるようにしたら、少しずつ上手にお客さまと接することができるようになりました。いつものお客さまへのあいさつ「いらっしゃいませ」「ありがとうございます。またお越しください」が笑顔ではっきりと言えました。

 日本語がまだまだ下手なので、時々お客さまに私の言葉がおかしいと笑われました。間違った言葉で話した時に、お客さまが優しく私の発音の間違いを直してくださいました。

 毎日アルバイトをしたり、学校に通ったりしているから、私の日本語は少しずつうまくなっています。

2020年3月26日 無断転載禁止

こども新聞