世事抄録 千の風

 終活が注目されるようになってから、葬儀や埋葬のあり方に関心が高まっている。火葬のみの直葬や通夜のない一日葬、身内だけの家族葬も増えているそうだ。埋葬の形も散骨や樹木を墓標に見立てる樹木葬、礼拝所を設けた納骨堂も人気を呼んでいる。

 「そこに私はいません。眠ってなんかいません」と歌う「千の風になって」(新井満訳詞、作曲、2001年)が歌われるようになって2年後に樹木葬が始まっている。葬儀やお墓への見方がこの歌の登場で少し解き放たれたような気がする。

 散骨は隠岐・海士町で自然散骨が08年から始まってさらに身近になったが、調べると、案外多くの有名人が散骨されている。周恩来元首相は飛行機で中国の大地に散布され、ライシャワー元駐日大使は日米の懸け橋を願い太平洋にまかれた。日本でも演歌歌手の藤圭子さんは直葬で散骨され、作家でマルチな才能を発揮した中島らもさんも散骨で墓はない。

 30年前に亡くなった父は幼いころ外地で両親を亡くした。父の死をきっかけに定かでなかったわが家のルーツを探し求め隠岐・島前のお墓にたどり着いた。ただそこには祖父母の墓はない。戦後、当時の朝鮮・鬱陵島(ウルルンド)から引き揚げる際、遺骨の没収を恐れ島の磯辺で散骨したという。

 10年ほど前に鬱陵島を訪ね海に向かい祖父母の冥福を祈った。その5年後に亡くなった兄の遺骨の一部は家族の手で鬱陵島の海に散骨された。今ごろ兄も祖父母とともに千の風になってあの海を吹き渡っているのだろうか。

(出雲市・呑舟)

2020年4月9日 無断転載禁止