世事抄録 待たれる五輪

 2020年の五輪会場が東京に決まったのは13年9月8日のことだった。テレビに映し出された歓喜の瞬間が今も目に浮かぶ。スポーツ観戦が大好きな私は、7年後の開催まで健康で生きて、生涯2度目の日本での五輪を楽しもうと決意した。

 以後、健康維持に努め、後期高齢者に入り、いよいよ今年と思ったのもつかの間、想像もしなかった難敵、新型コロナウイルスが立ちはだかった。夢の祭典は1年延期となってしまった。

 前回、1964年の東京五輪は大学3年生だった。ブラウン管の白黒テレビが一般家庭に普及した頃で、わが家も連日、家族そろって小さなテレビにかじりついた。

 印象深いのは、初めて採用された柔道。日本は男子4階級のうち3階級を制覇。残る無差別級で神永昭夫選手がオランダのアントン・ヘーシンク選手にまさかの一本負けを喫した。巨漢相手に両手をかざす、古武士然とした姿を思い出す。

 鬼の大松博文監督率いる「東洋の魔女」女子バレーの決勝には日本中が沸いた。マラソン・円谷幸吉選手の銅メダルも忘れがたい。メキシコ五輪を翌年に控え、自死した。メダルが重たかったのかもしれない。

 来年、薄くて大画面になったテレビはずっとリアルに熱狂を伝えてくれるだろう。一方、喜寿を迎えた老人に若い頃のような感性が残っているだろうか。

(浜田市・清造)

2020年7月16日 無断転載禁止