原爆の日/人類への責務果たそう

 米国が日本に2発の原子爆弾を投下して75年。広島は6日「原爆の日」を迎えた。長崎も9日、鎮魂の祈りに包まれる。新型コロナウイルス禍により式典は3密を避け、規模を大幅に縮小して行われる。

 生身の人間に絶対に使ってはならない非人道兵器は1945年末までに約20万人の尊い命を奪った。さらに放射線の影響は多くの罪なき市民を苦しめ続け、被爆者と家族の人生を翻弄(ほんろう)してきた。

 今年3月末で被爆者健康手帳を所持する被爆者は13万6682人。平均年齢は83歳を超えた。1年間で9162人の被爆者がこの世を去った。次の四半世紀、被爆国は大きな曲がり角を迎える。

 自分と同じ苦しみを二度と体験させてはならない-。こんな固い信念を持つ被爆者は過去75年、核廃絶を希求し続け、日本政府に先の戦争における「国策の誤り」を認めさせることで、核使用と戦争を繰り返さぬよう全身全霊を傾けてきた。

 しかし核を巡る現状は、あまりに冷厳で殺伐たる様相を呈す。外に目を向けると、米国とロシアは新型核を導入し、新たな核開発競争のとば口に立とうとしている。

 トランプ米政権は昨年末、爆発力が広島型原爆の3分の1程度の小型核を戦略原子力潜水艦に実戦配備した。ロシアをけん制すると同時に、軍事大国化を進める中国を視野に入れた動きだ。ロシアも原子力を動力とした核ミサイルや核魚雷の開発を推進。米国のミサイル防衛(MD)を突破できる新型核で核抑止力の盤石化を狙う。

 こんな中、核軍縮への機運は高まらず、来年2月には米ロ間に唯一残された新戦略兵器削減条約(新START)が失効する恐れも出てきた。

 米ロに加え中国、核拡散防止条約(NPT)の枠外に身を置く北朝鮮やインド、パキスタンも核戦力増強に余念がない。特に米国との「新冷戦」がささやかれる中国は核能力を高め、対米抑止力の強化を図ろうとしている可能性が高い。

 こうした深刻な状況に対し、被爆国の政府は被爆者が求める核廃絶に向けた指導力を発揮できているだろうか。残念ながら、そうではない。むしろ、米国が提供する核の傘の強化を優先し、3年前に採択された核兵器禁止条約に後ろ向きな態度を取り続けている。

 「情けない。もう日本政府には被爆国と名乗らないでほしい」。ここ数年、こんな憤怒の声を被爆者から耳にするようになった。安倍政権には「核抑止力ファースト」路線の再考を求めたい。

 また安倍晋三首相には、広島県内の84人に対し被爆者健康手帳の交付を命じた「黒い雨」訴訟の広島地裁判決を受け、同県と広島市が控訴しないことを容認するよう求める。これ以上、被害者を苦しめてはならない。

 国際的な核軍縮・不拡散体制が溶解の兆しを見せ、被爆国政府が本来の役割を果たせない現実を前に、被爆地を昨秋訪れたローマ教皇フランシスコの次の言葉を思い出したい。「記憶し、共に歩み、守ること。この三つは倫理的命令です」

 被爆国が人類に負っている責務とは何か。それは原点である被爆体験を記憶・継承し、75年続いた核不使用の原則を守り抜き、核廃絶への道を世界の市民と共に歩むことだ。大きな歴史の節目にその責務を誓いたい。

2020年8月6日 無断転載禁止