北国のサクラマス

 北国の雄のサクラマスは切ない。同種の魚なのに、同じ川で生まれ、縄張り争いに勝利したヤマメは残留し、海へ「下った」のがサクラマスとなる。海獣に食われる危険大だが餌も豊富。巨大化し川へ戻るとヤマメは相手にならない。ところが卵へ放精する争いで小回りの利くヤマメに先んじられ、種を保存できずに死ぬことも多い▼人間界も、古里を追われるのはもの悲しい。隣の民族の圧迫で追い出され別の民族を圧迫し、そうして大量の他民族に侵入されたローマ帝国は崩壊した。飢饉(ききん)のため、住む土地で食えなくなって発生した民族大移動の結果だった。日本もかつて凶作になると、大量の農民が都市へ流入した▼一方、人間には志がある。武者修行や都会で一旗揚げるという若者の血気。親の立場からは「かわいい子には旅をさせよ」の言葉もある。これが今の時代に合っているかどうか▼島根県立大(本部・浜田市)のデータでは就職内定者のうち、島根県出身学生が県内で就職する割合は7割を超す。人口減にあえぐ中、さらに増やしたければ旅をさせるより囲い込んだ方がいいように思うが、地方にいては、かなえられない夢もある▼温暖で餌が豊富な山陰両県の川にはサクラマスはほぼいないという。確実な正解は「海(世界)へ出る必要はない」と言ってのけられる川。あるいは泣く泣くではなく堂々と背中を押せる川。「海へ上れ」と。(板)

2020年11月29日 無断転載禁止