民主主義は大丈夫か/政策決定で十分な情報を

島根大学法文学部教授 片岡 佳美

 今月3日、「松江市民のための新庁舎建設を求める会」を解散した。この会は、着工を控えた松江市の新庁舎建設事業を中断し、あらためてこの建設計画について市民の声を聞くことの是非を問う住民投票条例の制定を求め、立ち上げたものだ。しかし結局、市長に反対され、市議会でも否決され、条例制定には至らなかった。

 私たちが問題にしたのは、市民が政策決定に参加できていないということだった。政策は、市民に見えないところでつくられ、ほぼ出来上がってから市民に伝えられる。異議を唱えようにも、そのときはもう変更ができなくなっている。このため、多くの市民は言いたいことがあっても何も言わない。「もっと早く気づかなかった自分が悪かった」と思うのだ。そして諦める。かくして市政は他人事となるのだった。

 もちろん、政策をつくっている者に悪気はない。彼らは「プロとして信頼され負託を受けているので、それに応えようと頑張ってきた」と言うだろうし、実際その通りだと思う。しかしそれだけでは、政策が市民不在で決まっていくと感じる市民との距離は埋めることはできない。

 市民と市政との間の、この距離。これこそが解決されなければならないのだった。今回の件でも市側は情報を十分に出してきたと言うが、私たちが集めた1万5千筆以上の署名は、そう思わなかった市民が多数いたという証しに他ならない。情報が十分だったか否かは、主として情報を受け取る側が判断するべき事項だと思う。というよりそれ以前の問題として、市側が十分に出したという情報は、調べてみると非常に貧弱なものにすぎないことが判明したのだった。

 民主主義は市民の参加によって成り立っている。その参加の前提は十分な情報を市民が与えられていることにある。民主主義が機能するためには、まず、政策をつくる側が、本当の意味で十分な情報を発信する努力をすることが必要だ。

 一方で、情報を受け取る側、すなわち市民の側も、情報が十分でないと感じれば、その声を上げることが重要だ。一人で「自分が悪かった」と諦めるのではなく、自分以外にも同じ思いを持つ人がいることを互いに確認し合いながら声を上げていくことが民主主義を守るのである。

 署名を集め、条例制定を訴える直接請求や住民投票は、そうした民主主義を機能させるための制度である。政策をつくってきた側の者からみれば「今更なにを」という思いもあろう。しかし、「知らない間に決まった」という市民の声を前にしたとき、すべきことは反省ではないか。だが、反省し市民のさまざまな声を聞こうという姿勢はうかがえなかった。市長は「ある意味、権利の乱用」とも言った。それらは、民主主義を否定しているかのように響くのである。

 民主主義は大丈夫か。その問いかけは続く。

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 かたおか・よしみ 兵庫県家庭問題研究所主任研究員を経て、2001年島根大に着任。博士(社会学)。主な著作に『子どもが教えてくれた世界』(世界思想社)、『家族実践の社会学』(共訳・北大路書房)。元「松江市民のための新庁舎建設を求める会」代表。

2020年11月29日 無断転載禁止