世事抄録 無知の知

 忘年会もなく年が暮れ、新年会の誘いもなく年が明けた。春先ならネット飲み会の提案もあったが、危機感からか控えめだ。その分、賀状が増え、メールも頻繁になった。コミュニケーションが続くのはありがたいが、厄介なメールも来る。飲み会での議論なら酔って途切れて忘れる(それはそれで無責任だが)。ところがメールには終わりがない。後日、言葉尻を捉えた長文の反論や意見が届く。

 ソクラテスが、訳知り顔で語る哲学者に言った「無知の知」。知らないことがあることを知る知をもつ、その気付きが自分を知ることになり、知見も広がる。

 全てを知ることは無理なこと。そこで、ある程度のところで仮説を立てて議論をする。認識しなればならないことは、一部の情報と知識に基づく意見であり、ほかにも考え方や意見があることだ。言い方を変えれば、知らないことがある自分を知ることだ。高校生の頃、反抗するわれわれに倫理社会の教師が「無知の知」を語った時、あなたにも言えることだと反論した。メディアでの評論やネットの書き込みでは肝要だ。国の行く末を議論するとき政治家は、党の理論と利益に固執する己を冷静に認識し、異なる意見や反論さえ聞く資質が必要だ。

 年の初めに大上段に構えた。コロナを介し働き方やライフスタイルのみならず考え方も見直す年になる。そのためにも「無知の知」を、あらためて問い直した次第である。

(埼玉県在住、島根県奥出雲町出身・鬼灯)

2021年1月7日 無断転載禁止