石見銀山遺跡 ~世界遺産への輝き~

  • 16世紀、天然の要害・竜厳山に築かれた石見城跡。石見銀山に至る街道沿いを押さえ、重要な軍事拠点の役割を担った=大田市仁摩町

    (25)石見城跡 天然の要害に拠点築く

     牙をむく獅子のような奇岩や盾の形をした巨岩がそびえる。岩の絶壁全面に絡みつく樹木のつるは血管のようだ。大田市仁摩町の石見城は、天然の要害・竜厳山(りゅうがんざん、標高一五三メートル)の岩山山頂部を利 (2007/02/06) [全文]

  • 銀山街道鞆ケ浦道の中でも、16世紀前半のたたずまいが良好に残る水ケ迫地区。沿道に石見銀にまつわる多くの物語が伝わる=大田市仁摩町大国

    (24)水ケ迫 逸話残るいにしえの道

     冠川のせせらぎに別れを告げ、山道をたどる。130メートルの標高差を登ると、噴き出す汗が心地よく、尾根筋の道に陽光が降り注ぐ。 (2006/09/26) [全文]

  • 江戸時代前期から大正期まで採掘が行われた永久坑道跡。採鉱技術の粋である二重穴により、産銀を回復させた=大田市仁摩町大国

    (23)永久坑道 高度な採鉱技術の結晶

     石垣に沿い、かつてトロッコ道が敷かれていた先に、U字形の坑口があった。大田市仁摩町大国の永久坑道跡は、堰堤(えんてい)の下に位置し緑に包まれていた。 (2006/08/22) [全文]

  • 町衆が寄進した華やかな格天井の絵を飾る温光寺薬師堂。多くの人々の病苦を救った温泉津温泉の歴史を今に伝える=大田市温泉津町温泉津温泉

    (22)温泉津温泉 温泉開発が村の起源

     カキツバタやアサガオなど、四季折々の花を描いた端正な格天井(ごうてんじょう)が目を引く。大田市温泉津町温泉津温泉の温光寺薬師堂。七夕の夕刻に営まれた祭りで、地元のお年寄りらが湯の効能に感謝する祈りを (2006/07/18) [全文]

  • 戦国時代後期以降、採石が行われてきた石山。福光石で造られた品々は、石見銀山の人々の暮らしを支えた=大田市温泉津町福光

    (21)福光の石切り場 人々の暮らしを支える

     膨大なのみ跡が山容を変え、約450年間に及ぶ石の文化を連想させる。大田市温泉津町福光の石山。同町の特産品・福光石の採石場として唯一、現在も操業が続く。戦国時代後期以降、一帯から切り出された淡緑色の福 (2006/06/27) [全文]

  • ライトに浮かび上がる厳島神社の壮麗な社殿。戦国武将・毛利元就により、同神社と石見銀山は太いきずなで結ばれた=広島県廿日市市宮島町

    (20)厳島神社 毛利の“両輪”深いきずな

              ライトに浮かび上がる厳島神社の壮麗な社殿。戦国武将・毛利元就により、同神社と石見銀山は太いきずなで結ばれた=広島県廿日市市宮島町   (2006/05/30) [全文]

  • 堂床山の山津波でできた清水の岩海。一帯は人と自然が調和した景観を今もとどめる=大田市温泉津町清水地区

    (19)清水の岩海 沢一帯埋める数千の岩

     樹間に陽光が差し込んだとき、思わず息をのんだ。大田市温泉津町清水地区の堂床山(標高365メートル)北側山ろく。数千個に及ぶ岩が、沢一帯を埋め尽くす。人頭大から5メートルを超す岩をコケが覆い、緑が映え (2006/04/04) [全文]

  • 激しく座板を踏み付ける小浜の子どもたち。祭りには焼き畑農耕の文化が今も息づく(魚眼レンズ使用)=大田市温泉津町小浜、厳島神社

    (18)厳島神社 「王子」と叫び子ら乱舞

     日中の雨が上がった2月14日、大田市温泉津町小浜の厳島神社。夜のとばりが降りるのを待ちかねた子どもたちが、町内を練り歩き、にぎやかに御日待(おひまち)祭りが始まった。全国で同神社だけに伝わるとされる (2006/02/28) [全文]

  • 櫛島から望む鵜丸城跡。沖泊の入り江には船の係留に使われた鼻ぐり岩が多数残り、港と一帯となった海城の往時をほうふつとさせる=大田市温泉津町

    (17)鵜丸城 温泉津守護する要の城

     寒風に海鳴りがこだます大田市温泉津町の巌頭。岬に立つ温泉津港灯台から、180度に広がる日本海の海原と島根半島、温泉津と沖泊の港、さらに矢滝城山を望んだ。この眺望こそ、安芸の戦国武将・毛利元就が元亀2 (2006/01/31) [全文]

  • 井戸神社の秋の例祭で奉納されるサツマイモ。南米から銀と一緒に地球を半周し、石見銀山領にもたらされた=大田市大森町、同神社

    (16)井戸神社 奇しき縁に壮大なロマン

     紅葉が彩りを添える大田市大森町の井戸神社で11月26日、秋の収穫を祝う「井戸さん祭り」が営まれた。神職が本殿にサツマイモを奉納。江戸中期の享保17(1732)年、大飢饉(ききん)が石見国を襲った際、 (2005/12/27) [全文]

  • 矢滝城山を望む棚田でヨズクハデづくりに汗を流すヨズクハデ保存会の会員。石見銀山遺跡の世界遺産登録に向け、保存活動も熱を帯びる=大田市温泉津町西田

    (15)ヨズクハデ 海と山の交流今も息づく

     棚田を秋の涼風が吹き渡る。大田市温泉津町の西田地区。恵みの季節の風物詩として、今年も刈り取った稲を干す独特のヨズクハデが、田んぼに作られた。全国でも同地区だけに伝わる旧温泉津町の有形民俗文化財。人と (2005/10/25) [全文]

  • 旧熊谷家住宅の玄関。30の間を備えた邸宅は、代官所と深くつながり天領支配の一翼を担った熊谷家の歴史を伝える=大田市大森町

    (14)旧熊谷家住宅

     天領支配の一翼担い隆盛 (2005/08/30) [全文]

  • 船上パレードに彩られた韓島。石見銀山の発見伝承が伝わり、470年前の景観を今もとどめる=仁摩町宅野沖の日本海

    (13)韓島

     光る仙の山発見 伝承残す (2005/08/02) [全文]

  • 龍昌寺跡に残る参道の石段。寺域一帯は石見銀山が繁栄を謳歌(おうか)した江戸初期のたたずまいを今に伝える=大田市大森町

    (12)龍昌寺跡

     栄枯盛衰見守った寺域 (2005/06/21) [全文]

  • 向かって左が釡屋間歩、右が謎の岩盤遺構。双方とも江戸初期、一体的に開発され、石見銀山史上最多の銀生産を誇った=大田市大森町

    (11)釡屋間歩と謎の岩盤遺構

     釡屋間歩と謎の岩盤遺構 (2005/05/10) [全文]

  • かれんな梅の花が春の訪れを告げる清水谷製錬所跡。明治期、最新式の技術を駆使し銀生産を担った=大田市大森町

    (10)清水谷製錬所跡

    清水谷製錬所跡 坑道再開発壮大な面影 (2005/04/05) [全文]

  • 雪を冠した要害山。山頂に築かれた山吹城は、石見銀山争奪戦の要となり、大規模な遺構が残る=大田市大森町

    (9)山吹城跡

    山吹城跡 「宝の山」防御の中心地 (2005/03/15) [全文]

  • 巨岩の上に築かれた佐毘売山神社の社殿。戦国後期、石見銀山がシルバーラッシュで沸いた面影を伝える=大田市大森町

    (8)佐毘売山神社

    佐毘売山神社 灰吹き法導入の謎秘める (2005/02/08) [全文]

  • 江戸時代初期、石見銀山の最盛期を描いた「元和年間石見国絵図」の柵内部分。道沿いに立ち並ぶ家屋が、都市の活況をほうふつさせる=浜田市教委所蔵

    (7)元和年間石見国絵図

    元和年間石見国絵図 最盛期の姿リアルに描く (2005/01/11) [全文]

  • 豊かなわき水をたたえる金柄杓の泉と銀山街道。戦国時代後期から、街道を行き交う人々がのどを潤す憩いの場になった=島根県温泉津町湯里の清水地区

    (6)金柄杓の泉

    金柄杓の泉 名水わき出る憩いの場 (2004/11/23) [全文]

  • 清水寺本堂の格天井。下から2段目中央の下がり藤が、初代石見銀山奉行・大久保長安の家紋。江戸幕府の礎を築いた功績をしのばせる=大田市大森町

    (5)清水寺の格天井

    清水寺の格天井 銀増産もたらした長安 (2004/09/28) [全文]

  • 銀を製錬した24基もの炉跡が見つかった宮の前製錬工房発掘現場。国内外で銀を求めた強烈なエネルギーをほうふつさせる=大田市大森町、2002年10月

    (4)宮の前製錬工房跡

    宮の前製錬工房跡 高い品位を維持した拠点 (2004/09/14) [全文]

  • 戦国時代に繁栄した名残を伝える古龍の鼻ぐり岩。一帯には人工の構築物がまったくなく、中世の景観を保全している=島根県温泉津町湯里

    (3)古龍

     鼻ぐり岩に繁栄の名残 (2004/08/31) [全文]

  • 天井、壁、石段に生々しいのみの掘り跡が残る大久保間歩の斜坑。銀を求めたエネルギーに圧倒される=大田市大森町

    (2)斜坑

     富を産み出す高度な技 (2004/07/20) [全文]

  • 石見銀山遺跡で最大級の露頭掘り跡。鉱脈に沿って掘り進んだ跡が3本も集中し、大量の銀が採れた往時をほうふつとさせる=大田市大森町

    (1)仙の山

    岩盤えぐる欲望の痕跡 (2004/06/29) [全文]

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