カメラスケッチ 石見銀山

  • ユビナガコウモリ  日本産のコウモリでは最も大きなコロニーをつくる。今回の調査で見つけたコロニーは約1・5メートル四方に、2千数百匹がすし詰め状態になって冬眠していた=写真はいずれも、石見銀山遺跡の大久保間歩

    大久保間歩のコウモリ 岩肌に数千匹の集団

     石見銀山遺跡(大田市大森町)で最大の坑道、大久保間歩の中でコウモリたちがコロニーをつくって冬眠している。以前から間歩の中にコウモリが生息していることは研究者の間では知られていたが、非公開だったため一 (2008/01/21) [全文]

  • 1長福寺 2蓮教寺 3渡辺家 4駅前駐車場 5宮崎公園 6川島家 7林家 8山根家 9中田家 10ふれあいの森公園 11西性寺 12安養寺 13西住寺 14高山会館 15満行寺(馬路) 16琴ケ浜会館 17井沼田家(屋内) 18厳島神社(屋内) 19三島家 20安楽寺 21安田家

    鏝絵巡り 質、量ともに群抜く

     世界遺産・石見銀山遺跡の楽しみ方は間歩、まち並み、街道などいろいろある。この中にぜひとも加えたいのが「鏝(こて)絵」巡りだ。作品は日本全国、山陰地方どこにでもあるが、石見地方の鏝絵は質、量ともに群を (2007/12/28) [全文]

  • 最高の眺望 やなしお道の特徴は眺めがよいこと。中でもこの茶縁原から七本槙までの間はお薦めの場所で、三瓶山を眺めながらのトレッキングは気分を爽快(そうかい)にしてくれる=島根県美郷町茶縁原

    銀山街道・尾道道 安全な銀輸送の新陸路

     関ケ原の合戦後、徳川家康が天下を統一、石見銀山は徳川幕府の直轄領(天領)になった。1601年、銀山の初代代官に着任した大久保長安は、安全な陸路でより大量の石見銀を運ぶため新たに尾道道を開発し、尾道港 (2007/12/17) [全文]

  • 【降路坂】温泉津沖泊道最大の難所。川を渡りうっそうと茂る杉林の中をうねるように続く山道を峠まで一気に登る=午前11時40分

    温泉津沖泊道 街道のにぎわいしのぶ

    港結ぶ動脈 面影随所に 16世紀前半、銀をめぐって石見銀山の争奪戦が繰り返された。1562(永禄5)年、毛利氏が山吹城を攻め落とし、銀山を手に入れた。灰吹法の導入で飛躍的に伸びた銀の積み出し港は、鞆ケ (2007/11/27) [全文]

  • 【土橋】 尾根では牛馬がすれ違えるように道を広げたり、土を固め土橋状に加工した部分が随所に見られる(午後1時54分)

    鞆ケ浦道 銀搬出の難路に苦労体感

     銀が運ばれた道は時代順に鞆ケ浦(ともがうら)道、温泉津沖泊道、尾道道の3コースがある。 (2007/11/05) [全文]

  • 【選鉱場と選別鉱物流送機】 清水谷製錬所の南東斜面上にあり、仙ノ山本谷地区の大久保間歩で採掘した銀鉱石を坑道を通じて運んだ後、選鉱した「選鉱場と選別鉱物流送機」の写真。施設を拡大撮影した新資料。同製錬所と選鉱場などは、仙ノ山の中枢・本谷地区に掘られた石見銀山最大の坑道・大久保間歩の再開発を目指し、大阪の藤田組が建設した=大田市大森町

    謎探る貴重な写真 製錬所や坑道、実像紹介

     世界遺産に登録された大田市大森町の石見銀山遺跡で、明治期の銀生産を担った清水谷製錬所の建物内部などを撮影した貴重な古写真が見つかった。 写真は大森町出身で、大森鉱山の役員か顧問を務めたとみられる故安 (2007/11/01) [全文]

  • クルージング  奇岩、絶景が連なるクルージングは新たな観光資源として脚光を浴びる。往復40分。見どころは洞門くぐりと洞窟探検=大田市仁摩町馬路の鞆ケ浦

    銀山から鞆ケ浦 自然がつくる景観に圧倒

     銀山から鞆ケ浦(ともがうら)、博多、そして世界へ-。石見銀の最初の積み出し港で、石見銀山遺跡として世界遺産に登録された大田市仁摩町馬路の鞆ケ浦を訪れた。 港は、大森町や温泉津町が世界遺産登録で脚光を (2007/10/12) [全文]

  • 【内藤家屋敷】温泉津地区ではもっとも大きな屋敷で、温泉宿や寺社とともに温泉津の町並みのシンボル的存在。庭には戦国時代に温泉津港が国際貿易港だった証しといわれる朝鮮灯籠(とうろう)もある

    往時しのばす建造物群 岩盤と闘った湯の町

     大田市温泉津町といえば港と温泉の街として知られる。街は中世末期、ソーマ銀(石見銀)の積み出し港として石見銀山の開発、繁栄とともに発展してきた。戦国時代には毛利水軍、江戸時代から明治かけては北前船の寄 (2007/09/18) [全文]

  • 熊谷家の地下蔵 部屋の床下に一揆や盗難など非常時に備えた隠し金庫ともいえる地下蔵がある。大きさは幅2メートル、長さ4メートル、深さ2・5メートルで見学者の興味をそそる

    継承された伝統的町並み 変化に富んだ大森地区

     今回の「世界遺産・石見銀山遺跡」は、長い年月をかけて何代にもわたって保存、受け継がれ、世界遺産登録の礎になった国の重要伝統的建造物群保存地区(町並み保存地区)に選定されている大森と温泉津の町並みを2 (2007/08/28) [全文]

  • 最大の採掘跡 今回一般公開が予定されている大久保間歩の最奥部。新たに設けられた鉄柵の奥には竪坑(たてこう)があり、地下の金生坑と続く。地上から天井まで約8メートル。写真中央には竪坑の下から鉱石などを引き上げる機械類を取り付けたと思われる横木が2本確認できる

    眠りさます栄華の残照 大久保間歩迫る岩肌

     大量の銀を産出した大田市大森町の石見銀山。良質の銀鉱石が発見された仙ノ山は長年にわたって掘り尽くされ、内部はアリの巣のようだといわれている。六百カ所以上の間歩(坑道)が確認されている内部には、さらに (2007/08/16) [全文]

  • 雄大なスケール 会場には大航海時代に日本で「銀の船」とも呼ばれていた南蛮船の帆船模型などが展示され、世界から注目された石見銀山のスケールの大きさをほうふつとさせる=出雲会場

    輝かしい歴史の一端 当時の隆盛に思いはせ

     ヨーロッパ諸国の大型帆船が行き来した大航海時代、世界の産出量の三分の一を占め、世界経済の原動力として駆け巡った石見銀山(大田市)の銀。その石見銀山遺跡の世界遺産登録を記念した「輝きふたたび 石見銀山 (2007/08/16) [全文]

  • 間歩 600以上あるとされる間歩の中で現在公開されている龍源寺間歩。見学コースになっている全長237メートルの内部では、無数の小さな坑道と壁面に残るのみの跡が当時を物語る=写真はいずれも大田市大森町

    銀で輝く人と町 世界遺産登録に沸く

     中世から近世にかけ世界屈指の銀鉱山として栄えた大田市の石見銀山遺跡が、世界遺産に登録された。緑に囲まれた仙ノ山の銀山地区には往時をしのばせる多くの間歩や精錬場跡などの遺跡が残り、十七世紀初頭の武家屋 (2007/08/15) [全文]

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