処方された漢方薬を見つめる南真理さん=3月、川崎市
                
              
            
   処方された漢方薬を見つめる南真理さん=3月、川崎市 

            
              
                
                   自宅で仕事をするデータサイエンティストの男性=4月、東京都港区
                
              
            
   自宅で仕事をするデータサイエンティストの男性=4月、東京都港区 

            
              
                
                   美容部員の仕事を失った女性=4月、東京都内(写真の一部を画像加工しています)
                
              
            
   美容部員の仕事を失った女性=4月、東京都内(写真の一部を画像加工しています) 

            
              
                
                   北海道東部に住む夫婦が服用する漢方薬など=4月
                
              
            
   北海道東部に住む夫婦が服用する漢方薬など=4月 

            
              
                
                   処方された漢方薬を見つめる南真理さん=3月、川崎市
                
              
            
          
            
              
                
                   自宅で仕事をするデータサイエンティストの男性=4月、東京都港区
                
              
            
          
            
              
                
                   美容部員の仕事を失った女性=4月、東京都内(写真の一部を画像加工しています)
                
              
            
          
            
              
                
                   北海道東部に住む夫婦が服用する漢方薬など=4月
                
              
            

 新型コロナウイルス感染症の後遺症に1年以上苦しむ私の実体験を書いた記事に対し、多くの方から連絡をいただいた。今回はその中から、同じように後遺症に苦しむ患者さん4人の実例を紹介する。(共同通信=秋田紗矢子)

 ▽感染した覚えがないのに、ある日突然「後遺症」に

 前回の記事では、後遺症患者を多く診察しているヒラハタクリニック(東京)の平畑光一医師から話を聞いた。平畑医師は「新型コロナ陽性となっていなくても後遺症になった人がいる」と話していたが、川崎市の会社員南真理さん(58)はその一人だ。

 南さんによると、2020年9月に突然、不調に陥った。ある朝起きると、その場にしゃがみこんでしまうほど体がだるい。手足に力が入らず、まるで沼の中にいるよう。とても家事ができない。「何か重い病気にかかったに違いない」と思い、病院に行こうとしたが、最初は何科にかかるべきかも分からなかった。

 ただ、脱力症状があったため、最初に疑ったのは筋萎縮性側索硬化症(ALS)。脳神経内科で磁気共鳴画像装置(MRI)などの検査を受けた。

 結果は「異常なし」。では、このだるさの原因は何なのか。いろいろな診療科を訪ねて回った。しかし、どこでも原因が分からず、結果的に「たらい回し」のような状況になった。

 筋力が低下したり、疲れやすくなったりする「重症筋無力症」かと疑われ、検査も受けたが、やはり違った。重い体を引きずっての病院巡りは約2カ月間。最後には医師に「何でもない」と言われ、突き放された。

 南さんは「こんなに苦しいのに、誰にも分かってもらえない」と絶望した。夜になると、倦怠感などが特に強くなって動けない。床でうずくまりながら「こんな人生つらすぎる。死んじゃいたい」と思い詰めた。

 1年以上たった今年1月、友人が交流サイト(SNS)に投稿した症状が、自分と酷似していることに気付いた。腕に力が入らずドライヤーが持てない、入浴後に寝込む―と記載されていた。

 「まるで自分のことのよう」と思ったが、この友人は「コロナ感染による後遺症」と書いている。一方、南さんはコロナに感染した覚えがない。身近な人にも感染者はいない。それでも、友人の強い勧めで後遺症患者を多く診ているヒラハタクリニックを受診してみた。

 その結果、症状などから「後遺症に99%間違いない」と言われた。感染の証拠と言える抗体こそ確認できなかったが、抗体は時間の経過によってなくなることもある。

 医師から「今までよく頑張ったね」と声を掛けられ、ようやく報われた気持ちになった。

 体調はその後、「7割程度」まで回復した。後遺症と分からなかった時期も、処方された漢方薬などを飲み、無理をしないように生活したからとみられる。「自分のように感染に気付かず後遺症から始まる人もいることを知ってほしい」と訴えた。

 ▽転職直後の後遺症に…「会社はいつまで待ってくれるだろうか」

 東京都港区の会社員の男性(47)も、長引く新型コロナウイルスの後遺症に苦しんでいる。休職後、一度はテレワークでの復職を果たしたものの、体調悪化で再び休職した。好条件で転職した直後だっただけに、人生が突然暗転したと思った。「いつまで働けるか」と不安を募らせる。

 男性が最初に体調を崩したのは昨年8月上旬。37度台の発熱が約1カ月続いた。ただ、PCR検査の結果は陰性だった。

 原因が分からないため、甲状腺の疾患なども疑い、血液検査を度々受けた。心療内科も含めて五つの病院を回ったが、どこに行っても「異常なし」。倦怠感がひどく、ついに自宅で動けなくなって休職に追い込まれた。

 男性は都内でインターネット用の広告の解析を行うデータサイエンティストとして働いている。この仕事は「売り手市場」という。多くのオファーを受けた中から、今の会社に転職したばかりだった。

 体調不良の原因を知りたくてインターネットで調べるうち、自分の症状がコロナ後遺症に近いと気付き、ヒラハタクリニックを受診。やっと後遺症と診断された。

 クリニックでは、鼻とのどの境目の炎症(慢性上咽頭炎)治療を勧められた。この治療法はすさまじい激痛を伴うが、受けた後は平熱になった。がまんして耳鼻科に通ううち、軽い散歩や読書ができるまで回復した。

 このためテレワークで復職。業務量は発症前の7割からスタートした。順調にいけば1カ月で元のペースに戻すつもりだったが、できなかった。始めてみると簡単な作業でも体がしんどく、7割どころか3割がやっと。「新卒の社員でもできることを長時間かけてやっている」と自分を恥じた。

 今年3月には3度目のワクチンを接種後、持病の逆流性食道炎が著しく悪化した。みぞおちが焼けるように痛み、とても仕事どころではなくなってまた休職。かかりつけの医師からは「ストレスと運動不足」と指摘されたが、原因ははっきりしない。「これ以上どうすればいいのか」と気持ちもすさんだ。

 転職したばかりで実績もまだない中で、会社は自分をいつまで許容してくれるのかという不安と焦りは尽きない。

 それでも、「ただの災難で終わらせたくない」と、症状や治療法を調べ、不安を克服するためのメンタルトレーニングも実践している。「なんとか心を正常に保てるよう、努力している」。それでも悩みは消えないという。

 ▽憧れの仕事を奪われた女性。「勤務先がもう少し理解してくれれば」

 東京都内に住む女性(29)は、大好きだったデパートの美容部員の仕事を後遺症で失った。体調が回復しても職場復帰や配置転換が認められず、いきなり「希望退職」を突き付けられたという。「後遺症の深刻さについて、勤務先にもう少し理解があれば違う結果になったのでは」とやりきれない気持ちを打ち明けてくれた。

 彼女が新型コロナ陽性と診断されたのは2021年9月初旬。37度前後の発熱が8月下旬から断続的にあったものの、2回受けたPCR検査はいずれも陰性だった。3回目でようやく陽性と判明した際は、薬を飲んでも熱が下がらず、脱水症状もあって入院。肺炎も確認された。ただ、重症化はせず、数日で退院できた。

 当初は10月の職場復帰を目指したが、その後も微熱とせきが続き、だるさもあった。立ちっぱなしの美容部員の仕事はできそうもなく、断念。職場からも、せきがあれば店に出せないとして「完全に回復するまで来ないで」と言われた。

 10月下旬には改善し始め、職場復帰を検討した。医師からは、リモートワークや体に負担の少ない事務職を勧められた。職場に掛け合ったが、断られた。それでも、直属の上司に「いつまでも待っているよ」と優しい言葉を掛けられ、安堵していた。

 ところが11月下旬、「希望退職」の案内が突然届いた。書類には退職金額まで提示されていた。同僚に連絡を取ると、合同で説明を受けただけで、退職金額などは提示されていないという。

 上司に相談しようとメールを送ったが、返信はない。申し込み期限は12月中旬。職場に迷惑をかけた心苦しさに加え、退職金もなく解雇されるよりは、と申し込んだ。苦渋の決断だった。

 美容部員は高校生の頃から憧れてきた仕事だった。志したきっかけは、自分の顔のコンプレックスが、化粧で思い通りに変わっていったこと。自分のメイクの知識を誰かのために役立てようと、専門学校を卒業後、約10年間勤務。現場の責任者の業務を覚え始めたところだった。その仕事を、後遺症であっけなく失った。

 上司に送った別れのあいさつに対する返事も、事務的だった。会社が彼女の復職や体調に合わせた配置を認めてくれなかった理由は、今も分からないままだ。「仕方ない」と思うしかないのだろうか。

 「感染さえしなければ」と思わない日はない。それだけに最近、感染予防に対する人々の意識が下がっているように見え、疑問を感じている。

 「感染し、難なく回復したとしても、後遺症には苦しむかもしれない。自分は大丈夫だったとしても、感染させた人が苦しむかもしれないという意識を持ってほしい」と呼びかけている。

 ▽後遺症の妻が後遺症の夫を介助。「だめなら死んじゃおうか」

 夫婦で苦しんでいるケースもある。北海道東部に住む夫婦は約2年前から、強い体の痛みや激しい倦怠感で身動きが取れなくなる症状に苦しみ、2人とも筋痛性脳脊髄炎/慢性疲労症候群(ME/CFS)と診断された。ME/CFSは後遺症が悪化した結果として診断されがちだ。

 夫婦は2020年2月中旬に道内のホテルに宿泊した後、せきや微熱、強い倦怠感に襲われた。

 当時、日本では中国・武漢に渡航歴のない男性の感染が1月に確認されたばかりで、検査体制も確立されていなかった。60代の夫は単身赴任中でようやく1週間後にPCR検査を受けたが、陰性。50代の妻は夫が陰性だったことを理由に検査は受けられなかった。

 夫は数週間で職場復帰したが、動いた後に強い倦怠感に襲われる不調が続いた。医師からは「運動不足」と言われ、散歩をするなどして体力を回復させようとしたところ、さらに悪化。ほとんど寝たきり状態となり、休職した。

 妻も体調不良だったが、より症状の重い夫の介助をしなければならず「誰かに助けてほしい。だめなら死んじゃおうか」とまで追いつめられた。

 夫が症状をインターネットなどで調べる中、ME/CFSの症状に近いことに気付き、患者会と連絡を取った。

 20年8月、自宅から遠く離れた道内の病院で、夫婦で確定診断を受けた。オンライン診療で漢方薬などを服用し、夫婦とも改善はしたが、夫は今も週の半分以上は自宅で静養する必要があり、不眠症状もある。

 国立精神・神経医療研究センター病院では、コロナ感染後にME/CFSと診断される患者が相次いでいる。ME/CFSは、重症急性呼吸器症候群(SARS)などの感染後に集団発生することが分かっている。運動すると悪化する特徴がある。

 妻は「『なんとなく不調』だった感染直後、とにかく安静にするなど、初動を誤っていなければ悪化せず、ME/CFSになっていなかったかもしれない」と振り返り、「もっと後遺症の対処法が周知されてほしい」と語った。

 ▽おわりに

 私の後遺症の症状も少し良くなったり、また悪くなったりを繰り返し、ままならない日常が続いている。取材のために外出したりすることも難しく、この記事に登場していただいた方には、オンラインで話を聞いた。症状が悪化するたびに取材や執筆は中断し、記事になるまでに予想以上に時間がかかったことも付記しておく。