日立金属安来工場の近くにある日立橋。地元に「日立」を冠した場所が複数あるなど、同社と地域との関わりは深い=安来市安来町
日立金属安来工場の近くにある日立橋。地元に「日立」を冠した場所が複数あるなど、同社と地域との関わりは深い=安来市安来町

 日立金属の売却が発表された28日、主力工場がある安来市の市民や関係者からは、地域とのつながりが薄れないよう願う声が上がった。「日立」の名を冠した場所が複数ある企業城下町で、同社が地元行事に協力するなど地域と深く関わってきただけに、行く末を案じた。

 「日立金属が売却される時代が来るとは思いもよらなかった」。元安来工場社員で、現在はNPO法人理事長を務める藤原常義さん(73)=安来市安来町=は寂しげに話した。

 同工場は前身を含めると1世紀以上の歴史があり、手掛ける特殊鋼製品は受け継がれた技術で高い競争力を誇ってきた。

 工場前には「日立橋」という陸橋、橋を下った国道9号交差点には「日立坂下」の標識が掲げられ、城下町を物語る。米子市内の医療法人への譲渡に伴い、名称変更したが、2020年春までは安来市内に「日立記念病院」があった。

 安来工場は地元の市民生活や企業活動にも密接に関わってきた。

 工場は日曜と月曜が休みだった時代があり、取引企業の多くが足並みをそろえた。現在も取引がある経営者は「仕事に支障が出ないようにするためで、土曜日に出勤していた」と振り返る。

 日立金属は地域貢献事業として、山陰両県の中学生が集う「日立金属杯中学校親善スポーツ大会」を同市内で毎年開催。

 「やすぎ刃物まつり」や「やすぎ月の輪まつり」など、地元を代表するイベントにも物心両面で協力してきた中、関係者は日米ファンド連合への売却により、地域との関わりが変わるかどうかに気をもむ。

 安来商工会議所の真野善久専務理事(68)は「安来工場は地域の中心的存在で、日立金属を中心に町が動いているとも言える。それだけに(売却による)影響が心配だ」と語った。