著書「貫道」を手にする井上幸太さん
著書「貫道」を手にする井上幸太さん

 松江市在住のスポーツライターの井上幸太さん(31)が、昨夏の甲子園で準優勝を果たした下関国際高校(山口県下関市)の坂原秀尚監督の軌跡をまとめた著書「貫道(かんどう)」(東京ニュース通信社発行、講談社発売 税別・1500円)を出版した。部室は荒れ、問題行動は日常茶飯事、一時は部員1人となった弱小野球部を熱血指導で鍛え上げ、甲子園出場、ついには決勝の舞台に立つまでに導いた監督と部員たちの奮闘を伝える。井上さんにとっては初の単著で「(同じ中国地方で切磋琢磨する)山陰の高校野球関係者の方にも読んでほしい」と話している。

 井上さんは銀行員を経て2017年にフリーのスポーツライターに転身。小学校時代から球場に通い詰めて見てきた高校野球を専門に取材し、山陰中央新報デジタルの連載企画「コータの野球ざんまい」にもコラムを寄稿している。現在は中国地方のチームや球児たちを取材し、下関国際高校野球部も17年から取材してきた。

 著書では、教員免許を取得するため、下関市の大学に通っていた坂原監督が、部員の集団万引きで夏の大会に出場できなかった同校の校長に「お手伝いさせてください」と手紙を送り、監督に就任したエピソードを紹介。当初は監督としては無給、アンパンマンがラッピングされた付属幼稚園の送迎バスを運転し、部の活動費や生活費に充てるなど、苦労の連続だった指導者の原点を詳しく掘り下げた。

仙台育英との決勝戦の前に、スタンドにあいさつに向かう下関国際の坂原秀尚監督=2022年8月、甲子園球場(共同)

 また、厳しい指導で姿を消す部員も続出し、一時は部員が1人に。それでも信念を曲げず、問題行動を起こした生徒とも本気で向き合うことで、就任から3年にしてやっと公式戦初勝利をつかみ取り、12年で甲子園出場。そして17年後の昨夏に甲子園決勝の舞台に立った。著書からは、厳しさや熱意だけでなく、緻密な戦略や計画的な育成、「負け」から学ぶ謙虚な姿勢で、チームを強くしていった背景を浮かび上がらせている。

 坂原監督の魅力について、井上さんは「一貫してぶれないところ」と言い切る。タイトルの「貫道」は、坂原監督が好む言葉で、一つのことをやり抜く姿勢を指している。就任当初に、甲子園を目指すと宣言して笑われ、敗戦後のミーティング中に観客から部員がつばをかけられたこともあった。それでも真っ直ぐに生徒たちを信じ、夢を追いかけていることで道は開けた。「島根、鳥取にも情熱を持って取り組む、魅力的な指導者の方がたくさんいる。下関国際のように飛躍を遂げるチームが出てきてもおかしくない」と期待を寄せる。

ナインに声をかける下関国際・坂原監督(左から3人目)=甲子園

 著書では、下馬評を覆して圧倒的優勝候補を破り、全国を熱狂させた大阪桐蔭戦の裏側、準優勝した後のナインに起きた「事件」など、高校野球ファンが知りたい細かい情報もちりばめられている。巻末には、坂原監督のリクエストで、就任後の歴代部員の名前を掲載。部員への熱い愛情が本からも感じられ、ファンの心をくすぐる。

仙台育英との決勝戦の前にノックをする下関国際の坂原秀尚監督=2022年8月、甲子園球場

 今春の選抜高校野球では、島根と同じく甲子園決勝に未進出だった山梨県の山梨学院高校が優勝。春夏ともに決勝未進出県は、山形、富山を含む3県になった。決勝進出を果たした監督の言葉を伝えることで「島根県内の高校野球のレベルアップに少しでもつながればうれしい」と井上さん。「中国地方から高校野球を盛り上がっていけば面白い」と願っている。