後鳥羽上皇が舟で着いた海岸を行列する住民=島根県海士町崎
後鳥羽上皇が舟で着いた海岸を行列する住民=島根県海士町崎

 鎌倉時代、承久の乱(1221年)で敗れて隠岐に配流された後鳥羽上皇ゆかりの島根県海士町崎地区でこのほど、来島800年に合わせて神事が営まれた。舟が着いたと伝わる海岸を住民らが神幸行列で巡り、上皇をしのんだ。
 住民代表や上皇をまつる隠岐神社(海士)の奉賛会関係者ら30人が参列。海を臨む場所に祭壇が設けられ、舟が着いた夕方の時間に合わせて「我こそは新島守(にいしまもり)よ|」の一節で知られる上皇の和歌を奉唱した。
 参列者がちょうちんを手に、着船地を伝える石碑や上皇が休んだ「腰掛けの石」、上陸後に宿を求めたことで「宿乞(やどこい)」の名が残った集落の一角を歩いた。
 三穂神社の境内には、上皇の和歌に詠まれた海士の風景や800年顕彰事業のロゴが描かれた竹灯籠50基が並べられ、神職が参道を厳かに進む様子を参列者が見守った。
 崎区長の高野台東さん(66)は「来島800年を機に、後鳥羽院ゆかりの地を地域一丸で守り伝えていきたい」と話した。
(森山郷雄)