歩行者保護の視点

 経済学者の中には、岩波新書の『自動車の社会的費用』を読んだため、運転免許を持たない人がいるそうだ。慶応大経済学部教授の坂井豊貴さんが、学生だった22年前に読んで免許を取る気がうせたという体験談とともに、岩波新書創刊80年記念の冊子「図書」に記している▼名著として知られるその本は、米子市出身の経済学者、故宇沢弘文さんが1974年に著した。当時は70年の1万6765人をピークに、交通事故による全国の死者が毎年1万人を超え、「交通戦争」と呼ばれた時代だ▼歩道と車道が分離していない道路を、命の危険を感じながら人は歩き、時には歩道橋を渡らされる。子どもは車を避ける技術を身に付けることが、生きるためにまず必要になる。そんな車中心社会を「はたして文明国といってよいであろうか」と批判した。弱者である歩行者の視点だ▼そのメッセージは45年たった今も色あせない。交通事故による死者は減り、昨年は統計上最少の3532人だったが、島根県川本町の人口に匹敵する尊い命が突然の事故で失われた。近年は歩行中の死者数が自動車乗車中の死者を上回る。運転者や同乗者を守る車の装備や技術ほどには歩行者を守る対策は進んでいないということか▼車は「走る凶器」ともいわれる。歩行者保護のインフラが不十分な現状では運転者の意識が極めて重要になる。心してハンドルを握りたい。(輔)

2019年1月12日 無断転載禁止