世事抄録 われらが人生、まだまだ

 何かのはずみに、若い頃に描いた人生と随分違う人生になったとよぎることがある。そうだなと達観する。酒席で自虐的に語る友もいる。多くの友は黙して杯を重ねる。みんな新しいビジョンをもっているからだ。確かに変革も起こせず、冒険家にも良い父にもなれていない。だからといって嘆くことはない。50を過ぎて自然農法を始めた友がいる。毎年、野菜に「まだまだ」と一筆添えられる。そう、わが人生もまだまだだと思っている。

 人の成長を示したマズローの欲求五段階説がある。生理的欲求に始まり生活安全、社会的所属、承認評価欲求と続き最高次が自己実現欲求だ。

 悪友の娘の結婚式に招かれた。磊落(らいらく)な男が娘の手紙に号泣した。父として承認されうれしかったと。ちゃかしてはいないが電話があった、家族のために生きたと。それでいいと答えた。彼は言う、やり残した写真を再度撮るため旅立つと。楽しみだと祝福した。奥さんからメールがきた。「あなたはアジテーターですね」

 そうかもしれない。われわれの時代はいつも何かを求め、みんなで走り続けてきた。誰かの評価を求めて頑張ったのではない。自己実現に向け主体的に、創造的に活動した。常に社会や自分を顧み乗り越えることから始まった。いつかやむを得ず立ち止まる時が来る。その時でも、人生まだまだだと言うだろう。

 (埼玉県在住、島根県奥出雲町出身・鬼灯)

2019年3月21日 無断転載禁止