世事抄録 「北斎と川柳」

 3月下旬まで島根県立美術館で開かれた葛飾北斎展は連日にぎわいを見せた。津和野出身の故永田生滋氏が寄贈した世界屈指のコレクション約1千点が、2029年ごろまで6期にわたって公開される。

 永田氏が津和野に住んでいたいとこの縁戚(えんせき)に当たると聞いて、より関心がわき訪れたが、おびただしい作品群に圧倒された。魅了されたのは色彩と繊細な描写力だった。「富嶽三十六景」のすそ野に広がる研さんの積み重ねを見る思いがした。

 スケッチ画集「北斎漫画」は人物、風俗、動植物とさまざまなジャンルの約4千図に及び、これが江戸時代に描かれたものとは思えない迫力で迫ってくる。浮世絵師の枠に止まらない才能があふれていた。モネ、ゴッホ、ゴーギャンらに影響を与えた理由が理解できた。

 解説の一節で、北斎が川柳作家でも知られ、作品を残したと知って調べてみた。江戸期に75年間にわたって刊行された川柳誌「誹諷柳多留(はいふうやなぎだる)」には、北斎漫画を発表した時期の画号「卍(まんじ)」の名前だけでも182句も載っている。第85編では「前北斎葛飾為一述卍」の署名で序文も書いていた。

 「八の字のふんばり強し夏の富士」などは赤富士をほうふつさせ、北斎漫画に描かれた軽妙や諧謔(かいぎゃく)が川柳作品と重なってくる。世界をうならせた才能が文芸の世界まで広がっていたと知ったのも大きな収穫だった。

 (出雲市・呑舟)

2019年4月25日 無断転載禁止