世事抄録 波乱の海峡

 車で鹿児島へ帰省する際、中間点にあたる山口県下関市の壇ノ浦パーキングエリアにある宿に1泊する。片道600キロ、体力と安全面を考慮してのことだ。眼下に関門海峡を眺めつつ休養し、翌日は即、高速道路に乗れるので便利だ。先日帰省した際は早めに宿に着いたので、初めて下関の街を探索した。

 宿から歩いて坂を下ると、海峡沿いに走るなじみの9号線に行き当たる。JR下関駅が終着らしい。海峡の流れは速く、吸い込まれそうな深緑色だ。

 地元の人の勧めで近くの赤間神宮に向かう。平清盛の孫に当たり、幼くして亡くなった安徳天皇と平家一門を祀(まつ)る。鮮やかな朱色と漆喰(しっくい)の水天門は竜宮城をイメージしているそうだ。

 壇ノ浦の戦いで、祖母の時子は「波の下にも都がございます」と慰め、安徳天皇を抱き、急流に身を投じた。この戦いで平家は滅亡した。2歳で即位し、政争に翻弄された幼き帝。誠に哀れである。潮の音は平家一族の無念の声のようにも聞こえた。

 海峡に浮かぶ巌流島にも行きたかったが、時間がなく断念。「巌流島の決闘」と言えば、佐々木小次郎は最終的には隠れていた宮本武蔵の弟子たちに殺されたという説があった。さまざまな思いに耽(ふけ)りながら宿に戻る途中、この海峡を渡る道路整備に関して「忖度をした」と言った議員のことがふと思い出された。

 (浜田市・清造)

2019年5月23日 無断転載禁止