世事抄録 象徴維持という堕落

 明治維新までの庶民の話に天皇が出てくることは、京都などを除いてほぼない。維新後、国内各地では「天皇って何?」というQ&Aのための人民告諭が出された。奥羽では「誠に神様より尊く、一尺の地も一人の民も天子様のもの」などとイロハから洗脳されたが、官軍の暴虐の中でどれだけ心に届いたのか疑わしい。それから昭和の敗戦まで80年弱、さらに国民主権の下での象徴天皇となった今日まで70年余り。皇室敬愛の歴史は意外に短いのに気付く。

 そして先日、初代宮内庁長官が記した昭和天皇との拝謁(はいえつ)記がNHK番組で公開され、平和憲法との乖離(かいり)を思った。共産圏への防波堤として琉球諸島の米国占領を望んだ1947年「天皇メッセージ」はよく知られているが、反米軍基地闘争の盛んな53年の拝謁で、基地の存在について「一部の犠牲はやむを得ない」と述べたという。戦力不保持をうたう日本国憲法には「美しい文句に捕われて何もせずに全体が駄目になれば」と危機感を隠していない。

 だから平成の世に護憲と平和を希求した明仁上皇の存在が際立つ。皇太子時代の75年、火炎瓶で襲われた沖縄・ひめゆりの塔事件をはじめ、その道筋は命がけだった。しかし昭和の後始末をして象徴天皇制は役割を終えたのに、ほとんど議論もなく“天皇の政治利用”は続く。人権なき皇位を「国民の総意」で維持する庶民意識に、この国の堕落を感じている。

(松江市・風来)

2019年8月29日 無断転載禁止