「功績もっと知って」 本因坊棋士・岩本薫の顕彰碑建立へ

岩本薫氏の生誕地記念碑の案内板が立つ、没後20年の顕彰碑建立予定地に集まる日本棋院益田支部の大庭信行支部長(左)ら=益田市高津2丁目
 戦後間もない1946年に本因坊となり、「本因坊薫和(くんわ)」と号し海外での囲碁の普及にも尽力した島根県益田市出身の棋士で、名誉市民の故岩本薫氏(1902~99年)の没後20年を迎え、日本棋院益田支部が、命日の11月29日に向けて顕彰碑建立を計画している。あらためて功績をたたえ、世界の囲碁ファンにも訪れてもらおうと考えており、今月末まで寄付を募っている。

 岩本氏は1902年、美濃郡高津村(現益田市高津1丁目)で生まれた。10歳頃に父親から囲碁を教わり16歳で初段となった。本因坊への初挑戦は45年、会場は広島市の平和公園付近の予定だったが、米軍機の銃撃を避け、8月4~6日の対局が急きょ別会場となり原爆を逃れた経験から、回顧録で「いっぺん死んだのだ。どうせ死んだものならこれからひとつ碁界のために尽くそうではないか」と記した。

 翌年、本因坊のタイトルを獲得。欧米各地に積極的に足を運んで囲碁普及に努め、私財を投じてオランダ、米国などに囲碁会館も建設した。67年に紫綬褒章、72年に勲三等瑞宝章を受章。87年に名誉都民になった。

 2002年には名誉市民となり、「高津の歴史と文化を考える会」が06年、市内の生家跡に「岩本薫和本因坊生誕之地」の石柱(高さ約1.4メートル)を建立。没後20年の節目を迎え、日本棋院益田支部は、新たな碑として台座を含む高さ2.5メートルの顕彰碑を計画した。自然石を使い、前面は岩本氏の筆跡で「囲碁を世界に」と刻む。

 建立場所は、生家と同じ地区で「生誕之地」の石柱の案内板が立つ高津公民館(益田市高津2丁目)の敷地内と決めた。300万円を目標に、31日まで寄付を募り、1万円以上の寄付者の名前は顕彰碑と併設する銅板に記す。

 除幕式は命日の翌日(11月30日)に予定。大庭信行支部長(48)は「世界中で知られている功績をもっと地元で知ってもらいたい。囲碁ファンにも高津を訪れてほしい」と話した。寄付の問い合わせは同支部の田原俊平さん、電話090(4655)6373。

2019年10月4日 無断転載禁止

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