世事抄録 「サクラを呼ぶ会」の源

 取るに足らぬ小石につまずいて、哀しいかな人は晩秋を知る。やはりマスコミがはやし立てる“アベ一強”は幻想だった。あれほどの傲慢と隠蔽、法典を足蹴にした人治が長続きするはずはない。ただ「桜を見る会」が「サクラを呼ぶ会」になっていたことを半ば知りながら、周囲が見逃していたことを恐ろしいと思う。

 というのも反骨の映画監督・伊丹万作(1946年没)の『戦争責任者の問題』を最近読み直し、<だまされることの罪>を自覚できない国民性にめいったからだ。聖戦をあおった新聞、文化人が口をぬぐい、盲従した庶民が被害者に変身する。いま嫌韓・反韓の空気と戦後民主主義への懐疑が同時進行しているが、15年も前に講演で日本の右傾化の原因を問われ「民主主義の主体勢力がいない」と喝破した故金大中大統領に誰が反論できようか。

 実際、近年の香港、台湾、韓国などの激しい民主化運動を見ると、自ら軍国主義を克服できず米国が与えてくれた疑似民主主義に浸るわれわれの甘さを思い知る。そして、この鈍感は自衛隊を憲法9条に書き込むというアベ改憲案への無反応につながる。戦争放棄と実力組織の一見矛盾する共存について護憲派も長らく迷走し、例えば刑法上許されぬ殺人と正当防衛の「例外」、例外が成り立つ民主的制御を懇切に教える法学者も見当たらない。あるいは見て見ぬふりかもしれないが…。

(松江市・風来)

2019年11月21日 無断転載禁止