世事抄録 悲喜こもごもの令和の暮れ

 2019年が暮れようとしている。平成終焉(しゅうえん)と令和元年が共存し、それぞれへの思いが交錯した一年。二つの元号から1字ずつ取って合わせると「平和」であるが、時は穏やかに過ぎなかった。

 1月、義母が健やかに100歳を迎えた。しかし、同居の長男が病に倒れ、義母は住み慣れた鹿児島の家を離れ、福岡の次女宅へ移った。長女である妻は日に2度、母に電話する。自分の家に帰りたいといちずに訴えたり、「ここにいるしかない」と諦めの言葉を口にしたり、過去の思い出話を繰り返したりする母を、励ます妻の声が切ない。

 島根に引き取ることも考えたが、望郷の念が強い本人を思うと踏み切れない。慣れない環境に身を置いて8カ月。義母は百寿を祝った頃に比べ、心身ともに衰えた。子どもたちは年金暮らしの悲哀を感じながら切ない相談を続けている。

 令和が始まって間もなく、世間では痛ましい京都アニメーションの放火事件があった。自然災害が猛威を振るい、日本列島に深い傷を残した。吉野彰氏のノーベル化学賞受賞、世界に好印象を与えたラグビー・ワールドカップの開催など、明るい話題もあった。もろもろの悲しみと喜びを携え、はや令和の師走である。

 私にとっての願望は、おおかたやらない事が多いが、後期高齢者新人は、悲喜こもごもをひもといて、ゆく年を振り返り、来年につなげる努力をしてみたい。

(浜田市・清造)

2019年12月5日 無断転載禁止